上田由美子「炎の風車」[2024年08月11日(Sun)]
かざぐるま
炎の風車 上田由美子
その子は
いつまでも下を向いたまま
顔を上げない
その子の目から
血の滲んだ涙がいっぱい溢れていた
その涙は足もとの瓦礫へ
見えない涙の筋になって大地へ
暗い地核へ広がり
何がそんなに悲しいのか
その子を産んだ母親も被爆者
その子を育てた父親も被爆者
その子も遺伝子が傷ついていると
八月を忘れさせない
八月の苦しみ
瓦礫の間に挟まっていた人の顔の
かすかにのぞいた片方の目が
年を重ねても重ねても
その子の背後霊のように
振り向いても消えない
その目が
その子の未来にまで
視線を投げかける
放射能の風を 地球は今でも
くるくるまわし続け
いつ飛び散るか分からない閃光で
その風が真赤に燃える炎に変わった時
この地上は
また たくさんの その子
今もおびえている その子
『八月の夕凪』(コールサック社、2009年)より
◆第四連の「瓦礫の間」の「片方の目」に、靉光 (あいみつ 1907-1946)の「眼のある風景」(1938年)を連想した。
*所蔵する東京国立近代美術館のサイト
⇒https://search.artmuseums.go.jp/records.php?sakuhin=4649
見る者の身体を透過して、背後に居るおびただしい人間たちに問いかけ、答えを求めているような一つの目。
悲しみや諦めといった感情がこめられているのではなく、無表情というのでもないが、遠くにまで真っ直ぐ向けられている眼。
見る者を射すくめたり威圧したりしないけれど、それだからこそ、応答することを静かに、いつまでも求め続けている眼。
*詩人(1938年生まれ)は、7歳の時に母・姉とともに広島に入市して被曝した。