松川なおみ「八月」[2024年07月29日(Mon)]
◆午前のうちに車の中はすでに38℃もあった。
玄関のドア、ハンドルをはじめとして、直射を浴びた物に手を触れるには決死の覚悟が要る。
いきおい、ことばの上だけでも、涼を求めたくなる。
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八月 松川なおみ
白粉花が開く頃
お豆腐屋さんのラッパが
聞こえてくる
八月は
ノスタルジーの月
帰ってくるものたちの
気配に耳をすます
お豆腐屋さんをよぶ
遠い声
白粉花の柔らかい
かおり
気配は
ふんわりと
大きくなっていく
オトウフヤサンモメンヲイッチョウ
ふんわりと
抱きすくめられて
風のかげを
一瞬見たような気がして
ラッパの音も
白粉花も
消えて久しいものたちなのに
『丘をのぼる』(思潮社、2023年)より
◆オシロイバナの形からお豆腐屋さんのラッパへと(むろん豆腐の白さも一緒に)連想が広がるのは自然だ。
ここでは五感のすべてが動員されている。
ただし、どれも、現実に今・ここにあるのではないものに対して向けられていることが特色だ。
幻想に対してそれらが開かれていくためには、かつてそれらの感覚をゆるやかに働かせた記憶が確かにあり、かつどの感覚も、ますます柔らかに息づいていることを必要とする。