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ル・クレジオ〈子供と戦争〉[2024年05月29日(Wed)]

ル・クレジオ(1940年生まれ)『ブルターニュの歌』の末尾をかみしめている。

筆者と水遊びした年長の少年マリオは、ファシストと戦うための爆弾を運んでいて命を落とす。

あるいは疎開した村のすぐ近くで起きたできごと――国境を越えて逃れようとした多数のユダヤ人たちが峠で待ち構えていたドイツ兵に狙い撃ちされた事件――それは母からの伝聞としてあとで聞き知ったことであったのに、その現場に居合わせたのと同じ衝撃で子どものこころに刻み込まれた。

それらは、いつ終わるとも知れない飢餓の日々に穿たれた穴のように存在し、生涯それを抱え続けてゆくことになる。

戦争が幼い子どもの心に刻みつけるもののむごさを前に、沈黙して立ちつくすほかない。

***

生涯最初の数年を通じて間断なく飢餓を経験したこと、恐怖と空虚をひしひしと感じたことは、私を鍛えてはくれなかった。むしろ粗暴にした。それはおそらく戦時中に生まれたすべての子供の運命なのだろう. 犯罪や死や略奪の場面を見たということではなく、社会の規範がもはや存在せず、優しさや分かち合いというものがなくなり、どこか外の、人けのない街路や爆撃を受けた建物正面の裏側に、地雷が仕かけられた空き地に、強くて危険な別の人種がいることを、本能的に感知するのである。こうした粗暴さのせいだろうか。それとも食べ物が不足していたためか、免疫力の低下のせいか。終戦後、何度も重い病気を患い、抑えようのない咳が出て吐き気を催すほどだった。近所の医者は痙攣性(けいれんせい)咽頭炎だと見立てたが、のちに肺結核に罹っていることがわかった。耐えがたい偏頭痛に何度も見舞われたのを覚えている。あまりに苦しくて、光が当たらないテーブルの下に隠れなければならなかった。こうした激しい苦痛、それは一個の恨みとして、だまされたような、世のなかに蔓延した一つの嘘のなかで生きたような漠たる感情として、今も強く身内に残っている。ぼくら、兄と私は、男が不在の世界で女手によって育てられた。そしておそらく自分たちの意のままになるよう大声を上げることに慣れた小さな王、小さな暴君になっていた。戦争による閉じこもりが終わり、ふたたび窓を開けることができるようになると、抑えがたい怒りの発作が何度も体をよぎったのを覚えている。その発作の間は、七階の窓から本やいろんな物を、家具さえも、手当たりしだいに放り投げた。涙を流し、喉が嗄(か)れるまで叫んだのを覚えている。それは気まぐれな怒りではなかつた。単純な憤激、対象も理由もない憤激だった。

ル・クレジオ『ブルターニュの歌』(中地義和 訳、作品社、2024年)p.194〈子供と戦争〉より

ル・クレジオ「ブルターニュの歌」表紙画像IMG_0002.jpg




ガザ、ラファ[2024年05月29日(Wed)]

アレチギシギシDSC_0423-X.jpg

アレチギシギシ(荒地羊蹄)。タデ科のギシギシの一つ。曇り空でも赤いツブツブが目立つ。

*******

◆ガザ、ラファの惨劇に言葉を失う。
国際世論の憤激にネタニヤフも弁解せざるを得なくなった。
遅すぎる。
即時停戦・撤兵を。

***


戦時中に生まれた者は、真に子どもでいることができない。

――ル・クレジオ『ブルターニュの歌』〈子供と戦争〉より
       (中地義和 訳、作品社、2024年)



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