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井坂洋子「展望台にて」[2024年05月01日(Wed)]

オステオスペルマムDSCN0822.JPG

オステオスペルマムという花。

オステオスペルマムDSCN0823.JPG

2枚とも、カメラを向けた我が影が映り込んでしまった。
近づいてマクロ・モードで撮ったためだが、影のおかげで後方に我らをみそなわす太陽が意識に上ってくることになった。
それというのも、次のような詩を読んだことが大きい。

***


展望台   井坂洋子


城下をみおろす
疲れた女王の目を借りて
双眼鏡で
ターミナルやめぬき通りを眺める
目鼻立ちもわからない人たちが
あるいはたむろし
あるいは一定の方向に流れていくが
それぞれが
思いを隈
(くま)どるように
別個の肉体をもつのがみえてくる
広場のベンチにもたれ
本を読んでいる者と
その前を行きすぎる者との
時間はついにつながらず
そのへだたりは
天体の運行にも似ている
人は太陽をめぐる惑星のように
同じ何かを中心にして
円周上を動いているだけなのかもしれない
それが何かわからなくて
あんなに孤独に見えるのかもしれない


ハルキ文庫『井坂洋子詩集』(角川春樹事務所、2024年)より


◆双眼鏡で見られている者たちが見ている主(ぬし)を意識することはない。
眺めている者の影が映り込んだりはしないからだ。

と同時に、眺められている者がお互いどんな関係にあるのか、覚知する機会もない。
すぐ近くに存在していながら、互いに没交渉であること、それは幸せな状態だろうか?

◆城下を見下ろす「女王」も疲れていて幸せそうではないのならば、俯瞰的な立場にいない者同士が互いを見つめ、三角測量みたいに互いの距離と位置関係を確定してつないでゆくことが良いのじゃなかろうか。

絶対者に頼ることなく互いの関係を認識していく。
それは自分たちが主人公だと自覚できて、孤独から抜け出ることをも意味するのではないか。





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