• もっと見る
« 2024年03月 | Main | 2024年05月 »
<< 2024年04月 >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
日別アーカイブ
宮澤賢治[日脚がぼうとひろがれば][2024年04月24日(Wed)]

DSCN0784.JPG

境川遊水池前の藤棚。

*******


[日脚がぼうとひろがれば]     宮澤賢治
               一九二四、五、八、

日脚がぼうとひろがれば
つめたい西の風も吹き
黒くいでたつむすめが二人
接骨木
(にわとこ)藪をまはってくる
けらを着 縄で胸をしぼって
睡蓮の花のやうにわらひながら
ふたりがこっちへあるいてくる
その蓋のある小さな手桶は
けふははたけへのみ水を入れて来たのだ
ある日は青い蓴菜
(じゅんさい)を入れ
欠けた朱塗の椀をうかべて
朝がこれより爽かなとき
町へ売りにも来たりする
赤い漆の小さな桶だ
けらがばさばさしてるのに
瓶のかたちの袴
(モンペ)をはいて
おまけに鍬を二梃づつ
けらにしばってゐるものだから
何か奇妙な鳥踊りでもはじめさう
大陸からの季節の風は
続けて枯れた草を吹き
にはとこ藪のかげからは
こんどは生徒が四人来る
赤い顔してわらってゐるのは狼
(オイノ)
一年生の高橋は 北清事変の兵士のやうに
はすに包みをしょってゐる


『春と修羅 第二集』の〈九三〉
(『校本 宮澤賢治全集 第三巻』筑摩書房、1975年)より

◆『春と修羅 第二集』に一九二四年の五月八日の日付を持ち〈九三〉と付番された詩。
下書き稿の一つでは10行目から19行目までが下のようになっていて、上の詩の終わり、「大陸からの〜」以下の七行は削られている。そうして「曠原淑女」の題で知られている詩である。

今日でない日は青いつるつるの蓴菜を入れ
欠けた朱塗の椀をうかべて
朝の爽やかなうちに町へ売りにも来たりする
鍬を二梃たゞしくけらにしばりつけてゐるので
曠原の淑女たちよ
あなたがたはウクライナの
舞手のやうに見える
  ……風よたのしいおまへのことばを
    もっとはっきり
    このひとたちにきこえるやうに云ってくれ……


ウクライナ戦争をきっかけにこの詩を改めて読み直している読者も多いようだ。

◆ここで最初に掲げたテキストの方を載せたのは、今朝の朝ドラ『虎に翼』、法科に学ぶヒロインら女子学生たちが男子学生とハイキングに出かけるという話だった、というのが一番の理由だが、もう一つ、この詩の終わりに生徒四人(おそらくいずれも男子)が登場し、うち一人が「狼沢(おいのさわ)」という苗字で紹介されているからだ。

「狼沢」「狼野」など「狼」の地名は東北、とりわけ岩手、青森に少なからず存在する。賢治の童話でも、「狼森(おいのもり)」という小岩井農場の北にある山の名が登場する作品がある。

この「(おい)」で思い出すのは、小学校時代の遠足だ。「狼野長根(おいのながね)」という低山。子どもたちが「今年も”アキタ山”かァ」と嘆いてみせるのも恒例となっていた。
現在は五所川原市狼野長根公園として整備されて面目を一新したようではある。

◆上の詩が生まれたのは五月。まだ風は冷たいのだが、若者たちは屈託がない。日脚がのび、陽気に誘われ野山へと浮き立つ気分が生き生きと表現されている。
その気分は、「つめたい西の風」に「大陸」を感じ、想像の翼を広げてゆくことと不可分のものだ。

*「北清事変」(1899〜1901)は「義和団事件」の日本における呼び方。
日本も派兵したこの事変や、続く日露戦争を賢治がどうとらえて行ったか、帝国の高揚・拡張期に幼・少年期を過ごしたことと、のちの田中智学への傾倒とどうつながるのか、判断する材料はいま手元にないのだけれど、考慮の埒外に置いたままでは済まないだろう。



| 次へ
検索
検索語句
最新コメント
タグクラウド
プロフィール

岡本清弘さんの画像
https://blog.canpan.info/poepoesongs/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/poepoesongs/index2_0.xml