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小澤征爾氏逝く[2024年02月09日(Fri)]

◆指揮者の小澤征爾氏が6日亡くなった。享年八十八。

残念ながら、生で演奏を聴いたことは一度しかない。

2012年7月9日、音楽評論家・吉田秀和氏のお別れ会でBachの「G線上のアリア」を水戸室内管弦楽団とともに演奏した(サントリーホール。お別れ会は水戸で最初に持たれ[7月5日]、その折は小澤氏はヴィデオメッセージを寄せる形であったので、サントリーホールでの小澤氏の指揮は大きな驚きでもあった。
彼が育てた水戸室内管弦楽団とともに最高の音楽のひとつを亡き恩師に捧げたのだった。

◆演奏する姿をTVで見たのは、1975年ごろだったろう。ラヴェルの「ダフニスとクロエ」組曲をたまたま聴いた。
写りの悪い白黒の小さなTVを通してでも、音楽は伝わって来るものだ。余韻嫋々というのではなく、つややかで官能的な音楽を曲全体の自然な流れに位置づけて、楽員とともに全霊こめて歌いきる人、という印象だった。

◆TVのドキュメンタリーでチェリストのヨー・ヨー・マと行った対談も強い印象を残した。
話題が、東洋の人間が西洋の音楽をやることの意味に及んだ時だ――小澤氏は掌を広げてTVカメラを止めた。
その先、二人がどんな対話を行ったかは分からない。
だが、彼にとって抜き差しならない問題を、マ氏も悩み考え抜いて来たことへの直覚が、小澤氏に撮影を止めさせ、余人を交えない対話に集中したいと思わせたのだったろう。

今でこそ、指揮者であれ演奏家であれ、国際的に活躍する東洋人は数多くいるけれど、スクーターにまたがって単身ヨーロッパに向かった一人のアジア人青年の音楽家への道が決して平坦だったはずはない。

サイトウ・キネン・オーケストラ、小澤音楽塾など、彼が後進を育てる取り組みを情熱をこめて続けて来たことも忘れがたい。満州の奉天に生まれたことから、中国の音楽家たちとの交流・協演も大切にしてきた。

今は、この不世出の音楽家の演奏に耳を傾け、心からの感謝を捧げてご冥福を祈ります。

***

◆YouTubeにアップされている小澤氏の演奏を2つだけ紹介しておく。

マーラーの交響曲第九番
…小澤氏が29年の長きにわたって音楽をともに紡いで来たボストン交響楽団との演奏。
その最終楽章、演奏後、聴衆の心にしみわたる静謐までを味わいたい。
https://www.youtube.com/watch?v=StF5xlXqhjs


ドヴォルザークのチェロ協奏曲
…親友のチェリスト、ロストロポーヴィチとの協演(オケはNHK交響楽団。1995年の1月23日。阪神淡路大震災から6日目。追悼の思いをこめたコンサートとなった。ロストロポーヴィチのメッセージとアンコール、祈りをこめたバッハのニ短調サラバンドもぜひ)。
https://www.youtube.com/watch?v=hnXItBOgZ6s




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