
若松英輔「高貴な人生」[2024年02月04日(Sun)]
◆若松英輔『ことばのきせき』からあと一篇を――
高貴な人生 若松英輔
きみは
けっして
忘れてはいけない
貴(とうと)く生きることも大事だが
きみが生きている
そのこと自体が貴いんだ
きみが
優れた人間だからではなく
良いことをするからでもない
世にたった一人のきみが
こうして
存在していることが
ただただ 貴いんだ
貴いとは
そういうことなんだ
若松英輔『ことばのきせき』(亜紀書房、2024年)より
◆人柄や行ったことの善し悪しでものごとを考えていると際限がない。
焦るほどに手がかりを見失って、深い穴の底にいる気分に陥るだけだろう。
人との比較、過去の自分との比較――それらはどうあがいても相対的な意味しか持たないから満足が得られるはずはないのに、思うようにならないのは、環境のせいだ、邪魔をする奴がいたからだ、などと理由をあげつらってゴマカすことに血道を上げたりする。
そんな自分の卑しさから逃れようと必死になる――文字通り命をなげうつ瀬戸際まで自分を追い込んでしまう。
◆「生きている/そのこと自体」=「こうして/存在していること」の尊さに気づくことは、実際には難しい。
ただ、同じようにもがき抜いた人の、シンプルな語りかけに出会えたときにのみ、縄からスルリと抜け出て自由になる。
この詩がそのきっかけになりますように。