
若松英輔「現実」[2024年02月02日(Fri)]
◆若松英輔氏の最新詩集『ことばのきせき』から――
現実 若松英輔
みんなが
笑っているとき
わたしは ひとり
泣いていたことがある
みんなが
祝っているとき
うめいている人も
いるだろう
この世界には
誰も 気づかないところで
見知らぬ他者のために
祈っている人もいる
見えない場所で
気づかれないように
そっと 誰かを
支えている人たちもいる
◆「現実」というタイトルをこのようにスッと使われると、TVやネット上で頻用される”現実”がいかに変節した意味に押し込められてしまっているか、気づかされる。
後者の“現実”においては、〈理想〉を求める人々を”お花畑”と揶揄し、”現実的でない”と全否定する意図で用いられるのが普通になっているのだ。
◆この詩は、この社会にあっては少数派であるかも知れない人に目を留めることの大切さをうたう。
この世界に自分とのズレや違和を感じ、折り合いをつけようにもできない時は、しばしばあるものだ。
そんな時、他にも同じような人が居ると気づく余裕は、ない。
まして、自分のために祈り、そっと支えてくれる人が実は存在するなどと思うことは、なおのことできない。
そちらに目を向けることができないからだ。
◆もし、「わたし」が悲しみ、苦しんだことがあるなら、同じようにつらさや困難を抱えた人に真っ先に気づくはずだ。
あるいは、いま苦悩のどん底にいるのだとしても、やがてその経験は誰かを支える知恵の力として生きてくるはずだ。
そのように人間はできている――そのことが意味のある大事な「現実」=生きることの本当の意味なのだ。