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永瀬清子「悲しいことは万歳でした」[2023年12月29日(Fri)]


悲しいことは万歳でした  永瀬清子
 ――老いたる人のレコード


私はその時のことを知っていますよ。
わたしはその時 そこにいたのです。
私は悲しみに泣いていました。
雨宿りの蝶が大樹に張りついているように――。
でも話だけしてもあなたがたを泣かせません
みな昔のことですから。
あなたがたは今聴いてもすぐ忘れてしまうでしょう。

でも私の中身にはその泣き声がしまってあります。
私はその時まだ若く柔らかく
歴史にも慣れていなかったのです
夫はタスキをかけ、それは「死んでも当然」のしるし。
みんな狂っていたので
悲しいことは「万歳」でした。
つらいことも「万歳」でした。
みんなが歌ってくれました
だから自分だけが泣くことのできない不気味な時代。
私はその時代のこと知っていますよ、
私はその時そこに居たのです。
私の中身にはその泣き声がしまってあります。
私は古びた一つのレコードなのですよ
ゼンマイは固く巻いていますよ、
時くればいまも叫ぶほどに――


谷川俊太郎・選『永瀬清子詩集』(岩波文庫、2023年)より

◆出征する夫を送り出した妻の思い。
その経験を若い人々に話す機会でもあったのだろう。

本心はしまい込むことしかできない。
ぎゅっと押さえつけた気持ちは柔らかい魂のヒダに刻み込まれた。
そのときに流した血は、封印を解けば、今だって滴り始めるだろう。
(兵士だけが傷つくのではない)

「私はその時そこに居たのです」――凄みさえ感じさせる生き証人のことばだ。

ウクライナやロシアの兵士を送り出した妻・父母・子どもたちの心の中にも封じ込めた思い、凍結した叫びがある。
のどの深いところで「私はいま、ここに居るのです」と叫んでいる彼らに耳を傾けなければ。





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