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永瀬清子「昔の家」[2023年12月28日(Thu)]


231228夕空済DSCN7653.JPG
今日の夕空

*******


昔の家   永瀬清子


ブルドオザーが来て
昔の私の家を一たまりもなくこわしたと
故郷の友だちが今日報せてくれた
遠い私の日々も いまや力なくくずれて
焼けこげの笹っ葉のように宙空へ散ってしまった。
いつか冬の夜、物干台でみんなと
遠くの空をみかん色に焦がしている山火事を
あれはどこらへんだろうと話しあった
それから何日も焼けこげの葉っぱが空をたち迷い
うちの庭へも降って来たのだった

あの家では
父母もまだ若く おさげの私たちが住んでいて
庭にはこごめ桜やすももの樹
つつじやあんずも咲いた
二階には天使の足音
壁には去年の秋
山奥の熊が持って来てくれた栗の袋
私が毎日如露で水をやっていた東の出窓に
チューリップの蕾は日毎にふくらんで
中にはふしぎな小さい親指姫が――

ある夏の夕方帰って来た電気技師の父親が
「おいファン・モートルを廻してくれ」と云った
私たち姉妹は
先週家へ来たばかりの扇風機の事と気づかずに
いぶかしく思いながら
縁側のハンモックを両はしを持って一心にふり廻した
父も母もやがて気づいて笑いだした

門のわきのさんご樹の匂いに群れていた蜂の羽音
いちじくの木に登っては食べた甘い実
庭の片隅を流れた小川の岸には
ゆきのしたの花が白い音符のようにさざめきあっていたこと――。

今日昔の友が報せてくれた
私を暖かく包んでくれた昔の家 昔の時
ブルドオザーが来て
一たまりもなくこわしてしまったと
これからはただ 私の心の中にのみ残骸はふりつもるのだと――


谷川俊太郎・選『永瀬清子詩集』(岩波文庫、2023年)より


◆家には家族の歴史が刻まれている。
住む者がいないからといって、マッチ箱を踏みつけるみたいに壊すな! と叫びたいことだろう。

家が取り壊されたことを伝え聞いて真っ先に思い浮かべたのは、山火事で「みかん色」に焦がしたような空をみんなで見ていた記憶。焼け焦げた葉っぱが庭にも降って来た、とある。
ものの焼ける匂いまでもが生々しく流れてくるようだ。

季節のめぐりも家族の笑いも、具体物と分かちがたいエピソードとして心に刻まれている。
そこでは幼い私も、親たちも生きている。ありありと思い出せるのがその証拠だ。

*******

◆ガザで真っ先に攻撃を受けた北部にカメラが入った。
どこまでも瓦礫が続くばかりの、完全に破壊された街の「跡」とすら呼ぶに値しない景色。

原爆が落とされた後のヒロシマ・ナガサキを「原子野」と呼ぶことがあるが、このガザのさまをどんな言葉で表せようか。

収容されぬままの亡骸もあるだろうに、有無を言わせずブルドーザーでのしかかり踏み潰す――人間に取り憑いたおぞましいもの――これもまた表す言葉が見つからない。





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