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長田弘「午後の透明さについて」[2023年11月11日(Sat)]

◆久しぶりに最初の卒業生たちのクラス会、集うことができた。
まだまだ仕事は現役の人たちばかり。
元気そうでホッとしたが、コロナでしばらく会わずにいるうちにそろって還暦を一つ過ぎていた。
遅まきながら還暦祝いのメッセージとして、長田弘の詩をどの人にも一節ずつプリントして呈上した。

以前書いた通り、学生時代に長田弘さんの授業を受けることができた。
それを受けとめ、さらに次の世代へと承伝する言葉としたかったのである。

◆生前、NHKテレビの時論公論で話されている長田弘さんを拝見した。
「言葉のダシのとりかた」『食卓一期一会』所収)の朗読とともに、滋味のある話を聞くことが出来た。
以来、10年近く、このブログでも10数篇の詩を取り上げてきた。

◆詩のそこかしこに存在するのは何気ない日常やこの世界に息づくものたちへの注意深いまなざしだ。
言葉は、昨年からのウクライナ戦争や現在毎日のように我々の胸を締め付けるガザのジェノサイドを前にしてあまりに非力と思える。

だが長田弘の詩の言葉は、決して無力ではなく、あらがい続ける人々の遙か後方からであるにせよ、息長く応援するための、と言うのがおこがましいならば、少なくとも目を逸らさぬ意思の基点とすべき言葉たちであると信じるゆえに。

◆次の詩も、そうしたことばの一つ。

*******

午後の透明さについて  長田弘

ない。何もなかった。
何もなくなるまで、何も
気づかないでいるけれども、
人生は嘘ではなく、無なのだった。
確かなものなどないのだった。
青空の下には、草花があった。
樹があり、木陰もあったのだった。
そうして夢もあったはずだけれども、
ない。何もなかった。
時は過ぎるというのは嘘なのだった。
時はなくなるのだった。思いだすことなど何もないのだった。
新しいものは見知らぬものなのだった。
目を閉じなければいけないのだった。
見るためには。聞くためには、
耳をふさがなければならないのだった。
どこにも本当のことなどないのだった。
石にも、雨の音にも、音楽にも、
言葉にも意味があるはずだったけれども、
ない。何もなかった。
われわれは何者でもないのだった。
微笑むべし。
海辺の午後の日差し。
砂州のかがやき。
水鳥の影。
人のいない光景のうつくしさ。


『一日の終わりの詩集』(みすず書房、2000年)所収
『長田弘 全詩集』(みすず書房、2015年)に拠った。


***

◆結びの五行(「微笑むべし」以下。とくに「人のいない光景の美しさ」と表現すること)を、たとえばいま現実に進行中の凄惨な事態と並べることがそもそもできるのかという疑問はありえよう。
だが、並べてみて見えてくるのは、現実と表現の乖離でも隔絶でもない。まして人無き世界が出来する危機への冷笑ではない。

それらのいずれでもない事態を引き寄せるために、対立や暴力を消し去った世界を垣間見せる(=そのためには、愚かな人間という生き物を一旦消去してしまう)ことによって、われわれはそれでも何者かでありうるのか、一つでも良きことを世界のためになし得るのかと、静かに、そうして厳しく問いかけているのだ。




ガザから≪毎朝、今日が最後の日だと感じています。≫[2023年11月11日(Sat)]

◆11月10日のBS-TBS【報道1930】から

BSTBS「報道1930」は、11月8日(日本時間)にガザ市を拠点とする女性ジャーナリスト、マハ・フセイニ氏から届いた4分37秒の音声メッセージを伝えた。
同氏は現在、ガザ地区中部に居るという。電力事情の劣悪な中、音声のみのレポートだ。


≪最後にパンを見つけて食べたのは1週間前、夜明けに早起きした時です。3キロほど歩いて1袋のパンを手に入れるまで3時間ほど長い行列に並んで待ちました。
その中には数個のパンが並んで入っていただけで、今避難所で一緒に暮らしている家族全員には足りませんでした。≫


(そのパン屋も燃料がなくなりパン製造も不可能になって閉鎖された)

≪私たちが今持っている唯一の食べ物は缶詰です。調理用のガスさえも底をつきました。
今は薪で火をおこし、とても質素な食事を作っています。市場に行っても棚は空っぽで何も買えません。
食べられるものは何もありません。≫


(侵攻直後に彼女が懸念していた通り、水・食料の欠乏と停電が住民に襲いかかっている状態。
北部から53万人が避難した南部も、フセイニ氏によれば、避難先の建物は頭上から完全に倒壊、知人の多くが瓦礫の下になっている。乏しい機材で負傷者救出に追われ、死者は瓦礫の下に放置されたままだという。)

≪夜も眠れません。ほんの数時間途切れ途切れに眠り、爆撃音で目を覚ますのです。
毎朝、今日が最後の日だと感じています。

私たちが今日考えることが出来るのは、死についてだけです。なぜなら私たちが聞いたり読んだりするのは、最愛の人、家族、友人、同僚、さらには国際機関で働く人たち、メディア関係者、ジャーナリストなどが殺されることばかりだからです
イスラエルは「すべてのパレスチナ人がターゲットだ」という政策をとっているのだとすら感じます。≫


解説の堤伸輔氏によれば、ある調査ではガザ地区のジャーナリストの死者は34〜50人にのぼるという。

◆同番組中、10日からと告知された4時間の”戦闘停止”で、この日、北部から5万人の人々が南部を目指して避難したという一報があった。
とはいえ、フセイニ氏が伝えるように、向かう南部に待ち受けているものも希望からは遙かに遠いと言うほかない。


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