田村隆一「秋の山」[2023年09月18日(Mon)]
ナデシコ。
雑草たちに混じりながら咲いているのが、何やら好ましい。
*******
秋の山 田村隆一
遠くのものが近くなる
夏が沈黙の喊声をあげて飛び去る時
この透明度には危険なトリックがありそうだ
遠くのものが近くなる時
近くのものは見えなくなる
国家と文明と人類は
近いものか
遠いものか
それに
はっきり見えるおれたちの悲哀は
現代詩文庫『続・田村隆一詩集』(思潮社、1993年)より
◆第一連、「沈黙の喊声」という、本来反発し合う語の組み合わせに驚く。
癒合してもなお暴れ出しそうな勢いが、夏に飛ぶ力を与えているような。
◆入れ替わった秋の澄明な空気が、遠い山を思いがけない近さに見せる。
それは「惰性」という眼鏡ごしに物事の遠近を決めつけていたことに気づかせる。
空間だけの話ではない。時間においても「遠い・近い」を惰性に委ねた結果、ほとんど遠くに追いやっていた「悲哀」があった。
それをもたらした過去のもろもろを、忘れてしまっていたのだ、「俺たち」は。