
辻征夫「突然の別れの日に」[2023年09月01日(Fri)]

◇アメリカフヨウ。大柄な白い花が、双子の姉妹が並んだみたいに咲いていた。
草丈が1メートルほどで低いために、後ろの白いガードパイプが映り込んでしまったのが残念。
境川・鶴舞橋付近で。
◆午後、車を走らせたら、小学生、中学生、高校生、思い思いにふざけながら歩いている。
一瞬、君たち、今まで一体どこにいたんだ、と声をかけたくなった。
――そうか、夏休みというものが終わったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
突然の別れの日に 辻征夫
知らない子が
うちにきて
玄関にたっている
ははが出てきて
いまごろまでどこで遊んでいたのかと
叱っている
おかあさん
その子はぼくじゃないんだよ
ぼくはここだよといいたいけれど
こういうときは
声が出ないものなんだ
その子は
ははといっしょに奥へ行く
宿題は?
手を洗いなさい!
ごはんまだ?
いろんなことばが
いちどきにきこえる
ああ今日がその日だなんて
知らなかった
ぼくはもう
このうちを出て
思い出がみんな消えるとおい場所まで
歩いて行かなくちゃならない
そうしてある日
別の子供になって
どこかよそのうちの玄関に立っているんだ
あの子みたいに
ただいまって
谷川俊太郎編『辻征夫詩集』(岩波文庫、2015年)より
◆「突然の別れ」は、それまでの自分との別れをさすのだろう。生きていくとちゅう、急に不意打ちを食らったような驚愕に襲われる。
後になって、「あァ、あれがそうだったんだ」と思える人生の節目なのだろうけれど、当座は自分そっくりの奴がもう一人現れたような感覚。
これまでの感覚に頼っていては、そいつに置いてきぼりにされてしまいそうな不安。
だが、それだけじゃない。
ここにこうしちゃいられないんだった、ともかく駆け出さねば、と腹を決めた自分もここにいる。
その驚きを火口(ほくち)にして、さあ、行かねば。
*谷川俊太郎の詩に「ぼくもういかなきゃなんない」というのがあったはず。あれも同じ気分を歌ったのだったか。