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羽鳥民権散歩・三觜家邸宅跡ほか[2023年03月26日(Sun)]

◆耕餘塾跡地の先、訪ねた史蹟を点描して置く。案内は明治郷土史料室運営委員会の磯崎さん。

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御霊(ごりょう)神社

小笠原東陽が揮毫した幟(のぼり)が保存されている。
ここには、耕餘塾に学んだ吉田茂が揮毫した扁額もあるとのことだったが、明治市民センターの広場側出口前、「徳如海」と彫った石碑はそれを写したもののようだ。

DSCN6794.JPG

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羽鳥御霊神社の梵鐘。
銘文によれば至徳三(1386)年、下総国香取神宮の別当、神宮司に奉納されたもの。
明治の廃仏毀釈により放出されていたのを、羽鳥の人々が非常時の警報用に購入したものという。


***

三觜八郎右衛門邸跡

小笠原東陽を招聘した三觜八郎右衛門家の住宅は解体され、跡地では宅地造成工事が進められていた。
建物は移築を予定しているが、用地・工事費の確保という課題に直面しているようであった。
明治初期に建てられた貴重な二階建ての商家風建築である。行政&市民の連携で保存・再公開すべきことは言うまでもない。
*先述の明治市民センター2Fの明治郷土史料室では、VRにより家屋内外の様子を疑似的に観られるようになっていた(湘南工科大学制作)。建物模型や文書類など、展示資料も充実しているので再訪したい。


DSCN6804.JPG
「三觜八郎右衛門邸宅跡」と誌した碑が、道を挟んだ真向かいにこの3月、建立された。
〈明舜之郷〉と命名した由。
出来立ての銘文を書き写しておく。

三觜家は江戸時代より明治維新まで羽鳥村の名主を務めた素封家として知られ当主は代々八郎右衛門を襲名した。
第十三代八郎右衛門に当たる三觜佐次郎が子弟の教育にあたり明治五年、小笠原東陽を招聘して開いた読書院はのちに耕餘塾に発展し元内閣総理大臣吉田茂をはじめ多くの近代日本のリーダーを輩出した。
広大な敷地に建てられた三觜八郎右衛門邸宅は明治初年の創建で重厚な木造二階建て建築であり多くの居室を持つ稀な商家風建物であった。
近年邸宅等は国登録有形文化財に指定され令和四年春まで一般公開された。
藤沢の教育の始まりと言える耕餘塾の開設から百五十周年を迎える今年後世に語り継ぐこの記念碑を建立するもの也。
 令和五年三月吉日
  羽鳥本村町内会
  明治郷土づくり推進会議
  明治郷土史料室運営委員会


***

★界隈は宅地開発が進んだとはいえ、海岸に近い辻堂周辺の古い村道の面影を残して細い道が入り組んでいる。
鮮やかな朱色の祠と鳥居が目に付いた。
少年・吉田茂が耕餘塾寄宿舎への帰り、道に迷わぬ目印にしたと伝えられる。

DSCN6810-A.jpg



小笠原東陽墓・耕餘塾跡地を訪ねて[2023年03月26日(Sun)]


DSCN6758.JPG

◆汲田(くみた)墓地にある小笠原東陽(1830-1887)の墓。明治中学校北側を北に入った所にある。

東陽の左には長男・小笠原鍾(あつむ。民権家として活躍)、更に左手には女婿で東陽の没後、2代目の塾長となった松岡利紀の墓がある。

小笠原鐘(あつむ)墓DSCN6765_0000.JPG


DSCN6767.JPG


◆耕餘塾に学び、民権家として活動した平野友輔の墓もここにある。医師、代議士として活躍した。

平野友輔墓DSCN6766_0000.JPG


◆羽鳥村の名主三觜(みつはし)八郎右衛門が東陽を招いて「読書院(とくしょいん)」が設立されたのは1872(明治5)年の3月。
この年8月の学制発布により各地に公立小学校を作ることとなり、「読書院」は「耕餘学校」と改称され、神奈川では最初の公立小学校となった。
 現在の藤沢市立明治小学校の前身。1928年に同校は現在地(藤沢バイパス北側)に移転。
 現在ある羽鳥小は、1972年に学区改編で新たに開校したものである。


◆一方で東陽は中等教育を行う場として私塾での教育も続け、生徒も増えて来たため、1877(明治10)年、三觜八郎右衛門が提供した土地に地元有志の資金を得て塾舎を新築、「耕餘塾(こうよじゅく)」と命名した。「耕耘収穫の余力から耕餘」、すなわち「農作業をしたうえで、なお余った力で勉学を行う」。労働と勉学の両立を目指す学舎であった。


DSCN6782.JPG

羽鳥小学校の東側、耕餘塾跡地に建つ小笠原東陽顕彰碑。
汲田墓地から現在の羽鳥小に沿って数分歩いたところ。


DSCN6790.JPG


耕餘塾の跡地(藤沢市指定史跡)にハナズオウが咲いていた。


明治郷土資料室発行の『耕餘塾と人間育成の教育 天民不羈』(2015年)、および藤沢市立明治小学校沿革を参照しました。
https://www1.fujisawa-kng.ed.jp/emeij/index.cfm/1,0,9,346,html

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