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四元康祐「タイピスト」[2023年03月18日(Sat)]


タイピスト  四元康祐


「議事録は要点のみ簡潔に書かれるべきなのは承知の上です
けれどあなたの漏らした含み笑いをわたしは記録したい
一瞬わっと漂いすぐに消えた口臭も
数字を間違えてしどろもどろになった購買課長さん、
あなたを取り巻いた冷たい沈黙も記録したいのです
組み変えたわたしの脚の付け根に一斉に注がれた
みなさんの素早い視線 まるで号令に合わせたかのような
同時に始まり同時に終わる笑い声だけでも記録させて欲しいのです
それから私事で恐縮なのですができることなら
速記を取りながら一瞬わたしの心に浮かんだ光景
四谷駅を出た丸の内線が音もなく地中に入ってゆくあの光景も
本当にそれらは会議の内容に関係ないのでしょうか
もしそうだとすればわたしたちの存在自体が
会議の決定事項とは無関係と云うことになりはしないでしょうか
いいえいいえとても耐えられませんそんな恐ろしいこと
だからこうしてお願いしているのです部長さん
駄目とおっしゃるのならわたし
辞めさせて頂きます」


現代詩文庫『四元康祐詩集』(思潮社、2005年)より

◆詩集『笑うバグ』(花神社、1991年)所収の詩。

喜劇の一場面を見ているようだ。
だが、爆笑したあとに、キモが凍える思いに襲われる。
業績や効率、エビデンスやマネジメントが支配する現代のうすら寒さが、この30年あまり続いているからだ。

客観的であろうとしても、「記録」することに人間臭さはつきまとうばかりか、それを排除しようと躍起になれば失われる大事なものがあること、仕事は機械ではなく人間がやるものであることをタイピストは承知しているのだ。
それはAI全盛の時代にも変わらない。

◆ふと連想したこと――高市「電波停止」発言をめぐる総務省の「極秘」文書、袴田事件で検察が開示を拒んできた捜査資料の数々……。前者は、底知れぬ根腐れを想像させるに十分な生々しいやりとりが記録されていたし、後者は裁判官すら記録のすべてにアクセスできない暗黒世界があることを我々に教えた。

人間が発した言葉や、集めた証拠の集積でありながら、それを操作する使い手の恣意や先入観によっては、とんでもない不幸を個人や社会にもたらすことを物語っている。人間存在を否定する思い上がりがその正体だ。



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