
禿慶子「はなあかり」[2023年03月03日(Fri)]

いつの間にか玉縄桜が咲いていた。
*******
はなあかり 禿慶子(かむろ・けいこ)
白い鳥が梢に群れ
天に首を突き立てている
不意に示された季節の約束ごとか
幼い翼を固く閉じて
裸木を清潔に飾る
春を身籠った蕾たち
気が付くと花は開いて
鳥が飛び立つ準備のように
長い花弁を揺らせ
あかりを受けて輝いている
門燈を消し 街燈を消し
花たちの持つ
ほのかなあかるさを確かめてみたい
夜が暗くなくなっても
ひとは より明るい場所に集まる
誘蛾燈に群れる虫たちににて
ときに 文明を遡り
素朴に寄り添って
触覚の神秘を確かめてみたい
タワーや建物を染める
光の演出に目を見張ることもあるが
放射する光で
古い建造物や橋の
歴史の陰影を潰して
または 冬を眠る木々の枝に電飾を連ね
ひとはざわめいて歩いていく
ようやく開き始めた桜にさえ
痛ましくライトアップして
春の夜の はなあかりをぷっつりと消して
『しゃぼん玉の時間』(砂子屋書房、2016年)より
◆〈文明を遡り〉、想像に遊ぶことが許されるのは、季節のめぐりを確かめられる平和な世界だけだ。
ミサイルが闇を切り裂き、電飾が蹴散らされた瓦礫の街には「はなあかり」を求めるよすがすら無い。
だが、そうであるからこそ、闇の向こうにかすかなあかるさを視ようとすることだ。
それは、こうした詩に心安らいだ時間を、闇の中で思い返すことでもある。