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岩P攝「右腕」[2023年02月24日(Fri)]

◆ウクライナ戦争、一年。
「専門家」は《長期戦》との託宣を、事も無げに言い放つ。

*******

右腕  岩P攝(いわせ せつ)

海へ逃げても渡れない
山に隠れても憲兵に探し出されて殺される
既に赤紙は来た 既に入営した
ある日 突然
その男の右腕が痺(しび)れた!
だらんと垂れたまま上へ上がらなかった
内務班で唸り続けた
医務室で唸り続けた
陸軍病院に送られた
神経痛の病理は世界で判っていない
この男の右腕は世界で誰も直せない
左の手で敬礼し物を食い 夜唸った
ある深夜その左手で 隣ベッドの私の手を握った
おめえはいい奴だ死ぬなよ 何でもいいから死ぬなよ
男は向うへ寝返りを打ってから 再び低く唸り始めた
五ヶ月で男は現役免除になった
やっと立っていられるほどに痩せた体が
陸軍病院の二階の窓から見送る私を一度も振り返らず
病院の広い中庭を斜めに横切って門を出ると
いやにしっかりした足取りで遠ざかって行った
その時 私の眼の中で
男の右腕が青く発光し
灰色の空へ向けてまっすぐに伸びた


詩集『逆瀧(さかさだき)(昭和出版、1981年)より。
*原文、作者は文字にこもる力と気配が大事と考え、旧字旧仮名を使用していますが、ここでは現代の字体・現代仮名遣いに改めました。

*******

◆陸軍病院の門を出るや、空へとまっすぐ伸びた右腕。
鮮やかなどんでん返し。

詐病(さびょう)・佯病(ようびょう)、つまりは仮病だったということなのだろう。
五ヶ月の間つき通したウソのけざやかさを「右腕が青く発光し」と表現した。
だが空の方は灰色のままだ。ぞの空は最前線まで続いている。

「死ぬなよ 何でもいいから死ぬなよ」――男のこの言葉は、ウソなどではなかったはず。
男の言葉のおかげで「私」が生き残ることができたのかどうかは分からない。
また、前線投入を逃れた男がその後も無事であったかどうかも分からない。

はっきりしているのは、男は、愛するものたちのために身の犠牲もいとわないという英雄譚の主人公になることは仮構として退け、何が何でも生きることを自分に課したことだ。
そうして、もう一つ、生き残ろうとする者を一人でも増やすために、「本当の言葉」を私に贈ってくれたことだ。




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