
小島力「殺し屋」[2023年02月20日(Mon)]
◆小島力の『わが涙滂々』から、さらに一篇――
殺し屋 小島力
本物の殺し屋は この社会では
電波や文字や言葉のベールの陰で
多分 こっそりと飼育されている
本物の殺し屋は 色も形も匂いもないので
人目には決して触れない
本物の殺し屋は 地表の生物すべてが獲物であり
ターゲットを特定しない
本物の殺し屋は 本人そのものが凶器であるから
物々しい武器は隠し持たない
本物の殺し屋は 体内に侵入して蓄積するので
半減はしても消去するプログラムがない
本物の殺し屋は じっくりとそして確実に作業するので
人が忘れた頃にしか凶行に及ばない
本物の殺し屋は 元々地球に滞在すべき
パスポートを持たない
本物の殺し屋は 北西に舌を伸ばして越境するので
同心円の内側に定住するとは限らない
本物の殺し屋は 脱出して海洋侵攻を企てるから
世界制覇をくいとめる手立てがない
本物の殺し屋は 偽りの情報を「神話」に仕立て上げるので
真実は風評の目出し帽で徘徊するしかない
本物の殺し屋は コツになっても殺し屋は殺し屋であり
溜まった燃え殻の置き場がない
本物の殺し屋は 冷温停止に「状態」の下駄を履かせるから
しぶとく生き残ってトドメを刺せない
本物の殺し屋は 札束に囲われたムラに潜伏するので
犯行が露見してもみだりに逮捕されない
本物の殺し屋は 想定の外に拡散するので
汚染された土壌には泥鰌しか住めない
本物の殺し屋は いつも決まって
「ただちに健康に影響はない」
本物の殺し屋は だから この社会では
多分 間違いなく
合法である
小島力『わが涙滂々 原発にふるさとを追われて』(西田書店、2013年)より
◆”ドジョウ”の駄洒落を含め、繰り返されて耳タコとなった言葉をタンカ売のように並べ立てる。
これらのほとんどは「専門家」や「マスコミ」が流布させた単語だ。
「真面目に」語られた言葉たちを並べてみれば、滑稽に映る。
◆殺し屋の正体は放射能と分かっているのに、始末のしようがない。
「手立てがない」「トドメを刺せない」「――影響はない」……と「ナイナイ」尽くしのこの「殺し屋」の存在が「合法である」という、底なしのオカシサのまま10年余り。
地球のあっちでもこっちでも、殺し屋はもう潜伏するのをやめたみたいだ。