高垣憲正「庖丁と豆腐」[2023年01月17日(Tue)]
庖丁と豆腐 高垣憲正
庖丁がキャベツを切るのではない。庖丁が触れ
ると同時にキャベツの方からぱんとまっぷたつに
割れるのだ。じゃがいも、にんじん、みな打てば
響くように気前がいい。ところが豆腐というやつ
のように、どこからどうにでもしろ、とおそろし
く落ち着いてひややかに横たわられては勝手が違
う。そこで庖丁はごくりと生唾をのみ、それから
きわめて遠慮深そうにそろそろと豆腐の中に身を
沈めるのだ。
日本現代詩文庫『高垣憲正詩集』(土曜美術社出版販売、1997年)より
◆「相手の立場に立って」とか、「視点を変えて」とか、道徳の時間などで子どもたちがさんざん言われて居そうだけれど、餅を無理やり口に突っ込まれたみたいな消化不良に陥るだけだ。
分かったようで本当は良く分からないモヤモヤな気分を振りまくのはごまかしというものだろう。
この詩のように、まずスパッとさばいてみせ、ついでユックリと迫ってくる包丁の非情の刃と冷厳そのものの豆腐を対峙させ、さて自分は豆腐の方か、それとも包丁の方なのか、と考えずに居られなくなる――言葉にはこうした芸当ができる。
むろん、武力に対する非暴力のアナロジーとして読むことができる。