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淺山泰美「夜想曲」[2022年10月02日(Sun)]

◆ようやく静けさが戻ってきたかと思っていると、著名人の訃報が続く。
中に、ノンフィクションライターの佐野眞一氏の名前があった。享年七十五。

10年前の週刊朝日の連載早々の挫折がなければ、ジャーナリズムのみならず、政治の風景もずいぶん違っていたのではないかと思う。

そんなことを思う秋の夜に――



ノクターン
夜想曲   淺山泰美


刺草(いらくさ)のからむこころの
毀れた窓に灯を点し
ずっと待ちつづけた
枯れた花束を抱いて
どれほど長く眠ろうとも
つめたい夜風に
帰らないものたちのかすかな足音を

今宵たどる夢路よりも
はるかにとおく
岬の果てを迂回して
遊覧船が夜の重みに
音もなく波にたゆとうのを
沈みかけた潤む月が照らしている

深くは眠れぬ夜更け
浜辺では まだ
夜の子どもたちが遊んでいる
流れ着いた玩具のかけらで。
その微笑みを見てはならない
声をかけてはならない
ただ 聴いていることしかできない
ずっと耳に残る響きを

よい知らせもあり
悪いしらせもあった
暗がりでは
誰もかれもが老いた。
長い歳月を
家の灯りひとつを守りつづけて
悔いることはなかった
灰になろうとも
泥水に沈もうとも

砂浜に
木片がちいさな炎をあげている
悪夢から隠された
泉のほとりへとつづく
隧道の入口は すぐそこ。
今はまだ来てはならないと
子どもたちが首をふる
ゆっくりと沖へ去りゆく船の小窓に
別れを惜しむように
手を振る 降りつづける
誰も泣きはしない
流す涙は涸れたのだから
とうの昔に
冷たい波頭に散ったのだから

沈黙をつづける海にくりかえし降りてくる
夜の掌(てのひら)のむこう
どこまで行くのだろう
ちいさな足あとが点々と
まだつづいていて



『ノクターンのかなたに』(コールサック社、2022年)より

◆様々な景が現れては消え、子どもたちの歓声すら登場するのに、どれもがずいぶん遠くに感じられ、多くの災厄や悲しむべき出来事が打ち続いたふうであるのに、詩全体は深い海の底に映し出された無声映画のように静かだ。



淺山泰美「旅」[2022年10月02日(Sun)]


旅  淺山泰美


長いあいだ
実るのを待ち続けた
まるい黄金(こがね)の木の実が
ふいの風にもがれて
黒い土にめりこむようにして
転がったとき
さして
気にもならなかった諸もろのことどもが もう
取りかえしのつかないものに思えた

雷鳴が轟き
稲妻が照らす
隠された窓にみちる 夜の匂い

明日
わたしは歌を捨てて旅に出よう
衰えてゆく秋など待たずに
素足にサンダルばきのまま
行きあたりばったりに
ボンネットバスに乗り
色褪せた町並みをぬい
苔むした石の橋を渡り
崖の下を通り抜け
国道を山のほうへ
川でもいい 湯治場でもいい
誰も知る者のいない
風の吹く田園へと

途中
何百何号線かの道路沿いに立つ
西陽のきつい理髪店の
灰色のブラインドのむこうで
古いマスクをした男が
ひとり 黙々と
剃刀を研ぎつづけているのを見た
ような気がする


淺山泰美(あさやま ひろみ)『ノクターンのかなたに』(コールサック社、2022年)より

◆熟さぬまま地に落ちた木の実が「わたし」を旅へと向かわせた。

最終連、黙々と剃刀を研ぐ男は、時の利鎌を研ぐ死神のイメージだろうか。

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