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井村たづ子「影法師」[2022年09月23日(Fri)]


影法師   井村たづ子


後ろを向くと誰もいない
誰もいないのに
影法師がつかず離れずついてくるので
闇はさらに深く
果てしもなく広がる

夏が急に終わった次の日
南西の風をひっぱたく音がして
立ち止まると
公園の錆びたブランコに
黄金の光が次から次へとこぼれ落ちていた

人でなしと言われた日から
私の周りは人でないもので溢れる
例えば
散歩の途中に耳に入ってくるピアノの音
鍵盤に落ちていく指を辿ると
裏道から横道
海に続く小さな路面まで
言われない𠮟責や虫食いメール
数えきれない夏の破片が待ち伏せする

信号機は渡らない
すれ違う人と目が合えば
人でなしと言う波が襲ってくるから

誰も載せないブランコにも影法師は揺れ
ふと気がつくと 私は私の影を踏み外す



『恐竜の卵が降ってきて』(砂子屋書房、2019年)より


◆ここの影法師は、独立した意志を持ったものとして「私」に常にまとわりついているもののごとく見える。それは、さまざまなものが棲息する奥処の知れぬ闇でもある。
そのことに「私」が気づいたのは、言われなき叱責や中傷をこうむったからだ――いわく、「人でなし」。

この言葉の暴力性を恐怖しながらも、非難や嘲罵の濁りを漉し去って、〈人ではない者〉⇒《並みの人間たちが感覚できないものを感受して自由無礙な想像の世界に遊ぶ者》に転換して生きる、そのとば口に「私」は立っている。知らぬ間に踏み出した一歩は、それまでの「私」を、そして「私の影法師」をも踏み外したことを意味する。

*第2連の「南西の風をひっぱたく音」および第3連の「ピアノの音」からイメージしたのは、曲の冒頭、板を打ち付ける「鞭」の音で始まるラヴェルピアノ協奏曲。果たしてどうだろう?


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