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井村たづ子「てこの原理」[2022年09月22日(Thu)]


てこの原理  井村たづ子


シュプレヒコールの前後は
思いの他 傾斜がきつい
朝の伸びやかな水脈にも
ところどころに落日が混じるように

旗が揺れる
大量生産される希望と
大量消費される疲弊と
大量放棄される平和の中で
あるかなしかの
ぎりぎりの未来を求めて

頂点は沸点をいっきに越え
君が僕が評論家がサラリーマンが
いっせいにこちらに傾いでいく

けれど 戦いが終わった公園には
彼も彼女も学者もサポーターもいなくなり
象が一頭 向こう側にどんと居座る
荒っぽい真実は遠隔操作で
簡単にすりぬけ
変化と同化が均等な地軸にまみれる街



『恐竜の卵が降ってきて』(砂子屋書房、2019年)より


◆「てこ」は重い物を小さな力で動かす道具だ。
国語辞典には「支点の周りに回転し得る棒」などと、簡潔なのに、けっこう驚きを誘う記述がある(「岩波国語辞典 第六版」)。そう言えば理科の教科書に「てこ」と滑車とを同じ理屈で説明してあった。

この「驚き」とは、折れるはずのない直線の棒が、蝶の舌かペロペロキャンディーのようにクルクルと丸まってしまう魔法を目撃するところに生まれる。

すでに第一連において、この「直線」と「円」、双方がイメージされていることが分かる。
「傾斜」が直線をイメージさせ、「朝/落日」が回転する地球という「円」のイメージだ。

◆「てこ」には支点がある。支点はふつう一か所に据えられて動かないものだが、この詩では、「動き」の中にセットされているようだ。シュプレヒコールのうねりとともに動く世界の中で、支点の向こうとこちら側を質量のあるものが一方に傾き、また逆方向に押し返されるようにして動く。
人間の肉体、人間の願望や、気分の質量――詩人が感じているのは、そうしたものだ。

◆最終連、「てこ」の向こう側に、デモ参加者をすべて吞み込んでしまったようにして「象が一頭…どんと居座る」というのが何ともユーモラスだ。「変化と同化」は、どちらも地軸の回転と一緒に地球にまぶされ、見分けがたくなって行く、と言いたいのだろうか。
そうして、向こうの「象」と「てこ」のこちらに座っている自分とは、つりあいながら回転している。

*「シュプレヒコール」および「学者」という語を詞に持つ中島みゆき「世情」への共鳴が、この詩にはある。第一連、「傾斜」も同様に歌との共鳴りがあるだろう。あるいは「時代」の歌も。

残照を背に受けながら、また昇る陽に顔を向ける。
地上に再び、遠い果てからのシュプレヒコールが聞こえ始める。



畑島喜久生「アリ」[2022年09月22日(Thu)]


アリ   畑島喜久生


お前には 悔いはないか
ある ある おおあり
悔いのみならず 悩みもが

……とである
アリの頭の上の ナシ棚の梨が(です)
わたしは いっさい無しと
……というより
人においしく食っていただけるのが
      楽しくて――って



現代こども詩文庫3『畑島喜久生詩集』(四季の森社、2022年)より

◆少年詩集『わたしの昆虫図鑑』からの一編。
カマキリやハエ、ゴキブリに至るまで、身近な虫たちになり切って
語るのだから、アリの頭上の梨だってしゃべらずにいない。

「ナシ」は「無シ」に通じるので縁起がよくないとして「有りの実」と言い換えることさえあるが、ここでは逆で、「アリ」のほうに「有る」ものといえば、「悔い」や「悩み」といった、「無し」に済ませたいものばかりなのだから、「無シ」の方が幸せなのだ。

その何にもない「梨(ナシ)」の喜びは自らを供すること、すなわち我が身を「無」にすることだというのだから、「無」の徹底は利他の生き方ということになる。
「アリ」が個の中にとどまって窮屈でしんどそうなのに、「ナシ」の方は無一物でありながら豊かで幸せそうだ。



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