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リッツォス「怒り」[2022年08月15日(Mon)]


怒り   リッツォス
          中井久夫・訳

目を閉じて太陽に向けた。足を海に漬けた。
彼は己の手の表現を初めて意識した。
秘めた疲労は自由と同じ幅だ。
代議士連中が代わるがわる来ては去った。
手土産と懇願と、地位の約束とふんだんな利権とを持って来た。
彼は承知しないで足許の蟹を眺めていた。蟹はよたよたと小石によじのぼろうとしていた。
ゆっくりと、やすやすと信用しないで、しかし正式の登り方で、永遠を登攀しているようだった。
あいつらには分かっていなかった。彼の怒りがただの口実だったのを。


中井久夫・訳『リッツォス詩選集』(作品社、2014年)より


◆2022年7月の日本に起きた凶行とそれにまつわるてんやわんやを諷刺した、と言っても怪しまれないかも知れない。
「代議士連中」「地位の約束」「利権」といった、現今の世情に重なる単語を入れ込んであるからだが、そうした世俗の価値が幅を利かせ、表現する者を手なづけ、その影響力を利用して人心を支配するのが世の常だということだろう。

◆権力者の誘惑に対して「彼」は「怒り」で報いた。それは「口実」に過ぎなかったのだけれど。

「彼」の仕事――彫刻、作曲、演奏家、作家……何でも良い。こつこつ手わざで創り出すこと。
疲れの分だけ手にした自由とそれが開いた世界が確かにあること、その手応えが心地よい。

◆足もとの蟹が小石によじのぼる。大きな岩ではない。蟹もまた自由を求めて手足を動かしているのだった。
得られるのは小さな、しかし自由な天地。波にさらわれ、嵐に小石もろとも吹き飛ばされることさえ一再ならず。

――「自由は命がけのこと」と言った画家・堀文子を思い出した。

◆「あいつら」に向けた「怒り」「ただの口実」だった。
だが〈命がけの口実〉だったのも本当だ。だからフリでなく、しんじつ、怒って見せた。



リッツォス「歩み去る」[2022年08月15日(Mon)]


歩み去る  リッツォス
           中井久夫・訳


彼は道の突き当たりで消えた。
月はすでに高かった。
樹々の間で鳥の声が布を裂いた。
ありふれた、単純なはなし。
誰一人気を留めぬ。
街灯二本の間の路上に
大きな血溜まり。



中井久夫・訳『リッツォス詩選集』(作品社、2014年)より

◆惨劇の瞬間の目撃者は月と鳥のみ。反応したのは鳥だけだ。一つの命が失われたというのに、それは「ありふれた、単純なはなし。」と事も無げに語られる。

戦地と限らない。人が行き交うスクランブル交差点だって、実は同じで、目の前で起きた事件さえ、目に入らない。もしくは目に入らない鈍感さを身につけることで、他人にぶつかることなく道を渡れる。

一つの死を物語る血溜まりは確かにあるのだが、それは街灯と街灯の間の闇の底に広がっていて、目と耳以外の感覚、すなわち鼻で嗅ぎつけるか手指でぬめりに直接触れるかしない限り、気づくことがない。

いや、仮に気づいても、気づいた上で「歩み去る」ことだってできなくはない。
どうします?歩み去りますか?――そう問いを突きつけているように思えてきた。


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