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田村驤黶uぼくの聖灰水曜日」[2022年07月18日(Mon)]


ぼくの聖灰水曜日   田村驤


エピローグがプロローグに
独白が対話に
対話が劇になる瞬間

その瞬間を閃光がつらぬき
空白がひろがり
沈黙が雷鳴のごとく鳴りひびかなかったら

言葉は人間をつくってはくれない
言葉が崩壊すれば人間は灰になるだけだ
その灰を掻きあつめる情報化社会の奴隷たちに

五分前!



『詩集1977~1986』(河出書房新社、1988年)より


◆題名に言う「聖灰の水曜日」とは、西方教会における復活祭前46日に当たる水曜日。断食を行い神に回心する四旬節の第一日で、額に聖灰で十字のしるしをつけることから「灰の水曜日」と呼ばれる。

◆ここでは、核による「死の灰」を連想させる。「五分前!」というのも、終末時計の警告を意味しているだろう。

田村驤(1923-1998)の詩には核爆弾がしばしば登場する。学徒出陣で海軍に入隊したものの、戦地に赴くことはなかっただけに、人間の形すら留めない核兵器の無惨は、戦後も繰り返される大国間の緊張に接するたびに、戦死した友の面影とともに想起されねばならないものだった。

死者たちは幾千言ついやしても生き返ることはない。それでも記憶と告発を言葉に籠めて伝えない限り、悲劇は幾度でも繰り返される。
「エピローグがプロローグに」、つまり終わったはずの物語が、再び新たな惨劇の始まりを告げることになってしまう。

「沈黙が雷鳴のごとく」とは形容矛盾のようだが、「平和のための戦争」のような人を欺くための方便とは違う。
度外れた衝撃は一瞬にして感覚の働きを完全に奪う。
そのように反転してしまった世界を言葉にすることで、素手のまま非道に立ち向かうのだ。


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