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ラードヴィッチ「泣き方講座」その2[2022年06月15日(Wed)]

◆セルビアの詩人ラードヴィッチ「泣き方講座」、後半、第六課から終わりまでを――



泣き方講座   ドゥシャン・ラードヴィッチ
                中島由美・訳


第六課 必要なだけ払え

泣くな 誰も不幸な者を好まない
泣かずにすむなら 泣くな

いつも同じことで泣くな 少しは違うことで泣け
歯をくいしばって我慢しろ 自分を甘やかすな

泣くな 涙に負けるな
泣いても泣きすぎるな 次に残しておけ
他人が泣いているうちは 泣くな

泣くのは少しにして あとは耐えろ
必要なだけ払え

他人の前で泣くな 恥をさらすだけだ

しっ 静かに!
やつらのせいで泣いていることを
やつらに感づかれないように

忘れたくないなら 泣くな


第七課 いい人たちのために泣いてはいけない

いい人たちのために 泣いてはいけない
おまえらが泣くと 彼らが悲しむ

いい人たちのために 泣いてはいけない
おまえらが泣いたって 何の助けにもなりゃしない

いい人たちのために 泣いてはいけない
世の中はどうせ 彼らの善良さに値しない

いい人たちのために 泣いてはいけない
彼らが傷つくだけだから

いい人たちのために 泣いてはいけない
そんな余計なこと 彼らはちっとも望んじゃいない

いい人たちを憐れむな
自分を憐れめ


第八課 涙ももう涸れてしまった

老人は 泣かない
もう泣く理由が なくなったし
泣くのに疲れて しまったし
涙もまた 古びて
枯れてしまった


第九課 一滴の涙

すべてを生き抜いた 塩辛い 人生の涙
最も貴い 一滴の涙
理由のない涙 それこそが本物

一滴の涙が 世界を濡らす
一滴の涙で ひとりの人生が報われる
一滴の涙で 苦しみも忘れられる
一滴の涙は 何より重い

人生の終わりの 一滴の涙



小原雅俊・編『文学の贈り物 東中欧文学アンソロジー』(未知谷、2000年)より

◆第六課の三連目〈泣きすぎるな 次に残しておけ〉など、噴き出してしまう。
その先、「やつらに感づかれないように」、「忘れたくないなら」とは臥薪嘗胆の戒めか。

おまえを泣かせる「やつら」の対極にいるのが第七課の「いい人たち」だ。
「たち」と複数形であることが大事だ。善良な人は少数派であっても決して一人ではない。そのことを知ってさえいれば十分やっていける。「世の中はどうせ 彼らの善良さに値しない」のだから、と超然としていればいい。

◆訓戒のことばが並んでいるのに押しつけがましさがないのは、ユーモアと、「いい人たち」の「悲しむ」まなざしのおかげだ。「泣く」のは悲しいことや辛いことに出くわすからだが、その泣く者を見守る「いい人たち」の悲しみは、自分自身より、他の人の痛みを見つめているところから生まれる。

◆そんな経験を重ねていけば、涙はやがて理由など必要としなくなる。
達観とか悟得とかいうことではないが(それらであってはマズいということもないけれど)、
同じこの世界の誰かの姿をただ映すためだけに一粒したたる涙があるのだろう。
映っているのは、彼の命終(みょうじゅう)を見届ける人の姿だ。




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