北島(ペイ・タオ)「重なる影」[2022年06月04日(Sat)]
ペイ・タオ
重なる影 北島
是永駿・訳
月下に門をたたくのは誰
石に花咲くのを見るのは誰
胡弓弾きは回廊で遊びほうけ
人の心をときめかす
朝か夕べかもわからない
流水と金魚とが
時の方向をはじき動かす
ひまわりが傷つき
道筋をさししめす
盲人たちは
理解しがたい光の上にたたずみ
憤怒をわしづかみにする
刺客と月とが
あいたずさえて他郷へ旅立つ
是永駿・編訳『北島(ペイタオ)詩集』(書肆山田、2009年)より。
詩篇X(1993〜2000年)の中の一篇。
◆「月下推敲」の故事を連想させる第1行や、起こるはずのないことを意味する第2行に始まる前半は、時も方向も見失うほどに夢幻世界の楼閣に遊んでいるようだ。
後半の舞台は外だ。折れたひまわりが導く先を目で追う、と上方にたたずむ盲人たち、彼らをそのようにした者をこそ、この世界から除かねばならない。
自分の使命を身内にたぎらせて敵を討つ他郷への旅に立つ。
◆空中に浮遊したまま飛び去るような出郷のイメージは、詩人の亡命を反映しているのだろうか。
念じていたことを夢の中でも反芻し、高調した気分で目覚めた時には、行動に移すべきひとつの覚悟に達している。
それを促したのは、失った光の上に盲人たちがたたずんでいると見えた、その光を目の当たりにしたことだろう(啓示は常に光とともに顕れる)。
◆従って「刺客」は自分の姿(影)であり、闇中の導きの光である月影とともに己の使命を果たす旅に出立する。題名の「重なる影」とはその謂いであろう。