北島(ペイタオ)「戦後」[2022年06月01日(Wed)]
◆『北島(ペイタオ)詩集』(書肆山田、2009年)中、詩篇Xとして収められた1993〜2000年の詩群から一篇――
ペイ・タオ
戦後 北島
是永駿・訳
夢の中で蒸留されたイメージが
地の果てで旗をうち棄てる
池が明るくかがやき
あの失踪した者の笑い声が
はっきりと示している、疼く痛み
は蓮の花の叫び
われらの沈黙が
草の汁となり
紙となる、あの書くことによって生まれる
傷口を治癒する冬
◆旗が打ち振られ、それまでとは別の旗が屋上に掲げられ、ボカシの入った画面に動かぬ人のかたち。
非常時の映像がリモコン一つで日常のなかにある日々――それも四ヶ月目に入った。
◆上の詩は冬から春にかけての泥濘が、再び歳のめぐりを迎えるまでを、描いたかのようだ。
わずか十行ながら。
◆第二連は極楽の蓮池だろうか、「失踪した者」がそこにいるのか、それとも確かめるすべもないまま、魂の平安を祈るしかないと言っているのか。
彼らを載せるはずの蓮の花弁が揺れているが、いかなる「笑い声」がそこを響きわたっているのか、残された者に聞き分けることはまだできない。
そうである以上、いまできることは、言葉以前の沈黙に耐え、彼らと共に泥中に身を横たえ、種となり肥やしとなって、再び地上に茎を伸ばす日を待つことだ。