
1940年冬、ソビエト・フィンランド戦争 ある若者の死[2022年05月20日(Fri)]
二行 トワルドフスキー
稲田定雄・訳
すり切れた一冊の手控帳から
若い兵士についての二行がある
フィンランドの氷雪の上で*1
彼は 一九四〇年に死んだのだと
まだ子供らしく 小さなからだが
何だかぎこちなく 臥していた
厳寒が 外套を氷にくっつけ
帽子は 遠くへ飛んでいた
若者は 臥したのではないらしく
なおまだ 駆け出そうとしたのに
氷が 服のすそをおさえつけたらしいのだ……
大きな はげしい戦争のさなかに*2
何ともわけがわからないのだが
ぼくは その遠い運命が悲しいのだ
それはまるで 死んで ひとりぼっちで
ぼく自身が そこに臥しているようだった
その 名も知れていない戦いで
凍りつき 小さく 戦死体となって
忘れられ 小さく臥しているようだった
*[1]1939年11月、ソ連赤軍はフィンランドに侵攻、「冬戦争」と呼ばれる苛酷な戦争は双方に多くの犠牲を強いた。カレリア地峡をソ連に譲り渡すことを含む講和条約が結ばれたのは翌1940年の3月のことだった。
*[2]この詩をトワルドフスキーが書いたのは、1941年6月に始まったドイツのソ連への全面的な侵攻=ソ連にとっての「大祖国戦争」のさなかである。
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◆トワルドフスキー自身も従軍したフィンランド戦で戦死した若い兵士の死を、手帳に書き留めたわずか2行の記述から記録として起こし、人々の記憶にとどめようとする試み。
撃たれてなおも前に進もうとした姿のまま斃(たお)れている兵士、それは「ぼく」であったかも知れないのだ。
「氷が 服のすそをおさえつけた」姿は、ヒロシマで、ピカの熱線によって石に焼き付けられた人間の影を思い起こさせる。
★アレクサンドル・トリフォノヴィチ・トワルドフスキー(1910-1971)
*小海永二[編]『世界の名詩』(新装版 大和書房、1988年)より