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デモ隊:城侑「日比谷の森」[2022年05月05日(Thu)]

◆3日の憲法大集会のデモで気になったこと――
シュプレヒコールのいくつかが、長すぎて調子が出ないものだった。

警備陣によって梯団がブツ切りにされている上に、先導する車載スピーカーのシュプレヒコールが間延びしていては盛り上がらないのだ。

◆「戦争反対!」あるいは「憲法守れ!」――これは良い。
しかし「日本政府は敵基地攻撃能力を持つなー!」「日本政府はコロナから命と暮らしを守れー!」といったフレーズはいかにも冗長だ。

2015年の安保法制反対運動の際には、若い人たちが工夫して、声に乗せやすい言い回しが共有された。「ノー・パサラン」―(彼ら=ファシストたちを通すな!)という言葉も復権していた。

◆おとといのデモでは、ウクライナ連帯のコールもいくつかあったが、「ウクライナから平和を奪うな−!」は、長い上に語頭の母音「ウ」が聴き取れないので最初は戸惑うし、慣れてきても最初の発音が揃いにくい。いきおい、復唱はムニャムニャ始めて、尻を揃えただけの感じになりがちだ。

母音の多い日本語はシュプレヒコールや演説に不向きという説もあるが、反軍演説で知られる斎藤孝夫の演説録音などを聞けば、そうとばかりは言えない。
芝居のせりふなどもしかり。要は、あとうかぎり短く(2〜3シラブルを基本にして組み合わせるようにすべきだ)、繰り返すに足る言葉を練り上げることに尽きるように思う。デモ参加者の士気を高揚させるには、使い古された語法を一旦捨てた方がよいのでは。

*******

城侑(じょう・すすむ)に、日比谷の原潜反対デモに友と向かう道々の会話から成る詩があった。
1960年代半ばのものだろう。

集会に参加するまでの不安やためらいを含んだ友の足の運びが見えるようだ。
彼の靴音は、やがてデモに繰り出す人々の足音と一つになって地を揺るがすはずだ。


***

日比谷の森  城侑

おれは 一人のともだちと
アメリカ原子力潜水艦寄港反対の
デモにいった
かれは 新橋駅を降りると
だれにも見つからないだろうか と
おれにたずねた

日比谷の森では
十万人の同志たちに見つかるだろう と
おれはこたえた

日比谷の森の
夕張りのおりてしまった菩提樹のあいだに立って
そのかれは
ひっかえそう と怯えるようにおれにいった
ひっかえせば いまとは反対の方向に歩くことになるだろう と
おれがいうと
かれはふたたび日比谷の野外音楽堂にむかって歩きはじめた

日比谷の森の石だたみを
二人は歩いた
かれはまたもや
敷石のうえに立っておれにたずねた
どんな奴らがあつまるのか と
おまえのような男たちだし女たちだ と
おれはこたえた

するとかれは
いまおれは腹がへって飯を食いたい
うちへもはやく帰りたいし
うちへ帰ればあおむけになり眠るだろう
だれもがそうか というのであった
たぶんそうだ と
おれはいった

では この森にあつまったのは
腹のへってる集団であり
腹いっぱいに飯をたべたい集団であり
うちへはやく帰りたがってる集団であり
うちへ帰って眠りたがってる集団なのか と
かれはいうのだ
そのとおりだ と
おれはいった

この森にあつまったのは
腹のへってる階級であり
たまにはギョウザを腹いっぱい食べたがってる階級であり
うちをいつも空にしている階級である
たまにははやく
うちへ帰ってゆっくり寝たい階級なんだ と

もちろん あすにも軍国主義が復活すれば
徴兵される階級であり
徴兵されれば
弾のあたる階級であり
弾があたれば
死んでしまう階級である
死んでしまえば
なにごともなかったように忘れられる階級である

死ななくっても
米代 ガス代 水道代があるときけば
それだけでも麻痺する階級
麻痺したままでも
働かなければならない階級
働くうちにも原価償却していく階級

あれもこれも
これもあれもに
いまはしかし手を叩いて異議をとなえ
足を鳴らして
反対している階級である
つまりかれらは
おまえの手でありおまえの足だ
おまえの手や
おまえの足のある方向へおれたちは歩いているのだ

そうだったのか と
そのかれはいう
日比谷の森の石だたみはそのとき雨にぬれていたが
雨にぬれた石のうえを
おれたちはいそいで歩いた

そこには
腹をへらした手や足が
ぎっしり詰って
蛮声をはりあげていた


『定本 城侑詩集』(青磁社、1988年)より
*1970年刊の詩集『日比谷の森』(飯塚書店)に収載。




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