
〈知恵のはば〉:三木卓「人間像」[2022年01月20日(Thu)]
人間像 三木卓
二十年前の十月 飢えた子どものぼくは
引揚船のタラップを すってんころりん
頭のてっぺんから日本についた
貧しい祖国は この子をつめたくあしらい
それで 人間や戦争 愛や死のことを
学びながら大人になっていった
ふりかえってみると ぼくもぼくの友だちも
大人の世界に欠けたものを痛く感じ
それになりたいとねがってきたのだ
だから きみ きみの知恵のはばで
いま 未来に命令と教育をほどこすな
子どもたちはきみを容易にこえる
きみは期待をかけることはできない
『おりふしの歌 1966』(1966年「社会新報」)に連載。
『三木卓詩集 1957ー1980』(れんが書房新社、1981年)に拠った。
◆大連で少年時代を過ごした少年は敗戦時10歳。引き揚げの途中で父や祖母を亡くした。
それから20年、食糧や仕事にまして大人たちに足りなかったと痛感してきたもの――戦時中はもとより戦後も、それが相変わらず足りないままであることを64年東京オリンピックを過ぎて改めて目の当たりにする。
それからさらにさらに半世紀以上も過ぎてなお、足らざる「知恵のはば」で大人は子どもたちに命令する。
――誰か言ってたな、ちゃんと――「威張るな。」