
福永武彦「風のまち」[2022年01月10日(Mon)]
◆旅する者にあっては、風はいつも心の中にも吹いているようだ。
風のまち 福永武彦
そして今日も 時をへた通りのひだを吹きぬけて
風はいそがしい輪廻の旅をつづけてゐた
たそがれの冬の光は氷雨のやうにこぼれ落ち
北の空 南の空 遠い山なみに雪があつた
旅びとはひたすらに町を歩きながら
ひびきあふ夜の小枝を吹いて行く木枯(こがらし)に
いくとせの記憶を呼びさますさびしい悔は残つてゐた
町はやがて盡(つ)き 遠く燃えそめた旗のやうに
雲は地平にちぎれてゐた
いつの日にかまたこの町に来るだらうと
ふりかえる心はかへらないひとの想ひにもまた似てゐた
『福永武彦詩集』(岩波書店、1984年)より