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〈み空に雪ふり〉[2022年01月06日(Thu)]

◆関東にも雪。地元・西俣野の御嶽神社(猿田彦を祀る)に初参りした。

DSC_0215-a.jpg

御嶽神社の階段を登り右手にある鐘楼も、すっかり雪の中だ。

*******


(そのありさまをみてあれば)  萩原朔太郎

そのありさまをみてあれば
み空に雪ふり木木には光る簾をかけ氷柱をかけ
めぢのかぎりをはるばるに
つみびとの手はあらはれぬ


未発表詩篇より

『月に吠える』の次の詩からも看取されるように、「つみびと」たる我は地上や地中に在って、高きところにある「光」を常に求めてやまない。その浄罪の力を信じるゆえに。




いと高き梢にありて、
ちいさなる卵ら光り、
あふげば小鳥の巣は光り、
いまはや罪びとの祈るときなる。



いずれも『萩原朔太郎全詩集』(筑摩書房、1979年)に拠った。






萩原朔太郎「新年」[2022年01月06日(Thu)]

◆車を始動させるとカーナビがその日の日付けを音声で告げる。
祝日を告知することもある。例えば暮れの24日には「メリー・クリスマス!」だった。
元日には「明けましておめでとうございます。」だ。

新年のあいさつは一度で十分と思うのに、1月3日にエンジンを点けるともう一度「明けまして〜」と言う。2日や4日は乗らなかったから、同じように「明けまして〜」を言ったかどうか分からない。たぶん賀詞は三が日までで、それ以上は浮かれてるな、と、勤め人用の設定にしてあるんだろうと思うものの、確かめるには、暦がもう一巡りしないとムリだ。

ちなみに今日5日は「明けまして〜」とは言わなかった。
ナビが言わぬなら、朔太郎の新年の詩をもってそれに替えて置こうという気になる。
もとより、慶賀の詞章は全く無く、ひたぶるに悔恨と自己弾劾の辞が、氷雪さながらに頰を刺すのだけれど。

***


新年  萩原朔太郎

新年来り
門松は白く光れり。
道路みな霜に凍りて
冬の凛烈たる寒気の中
地球はその週暦を新たにするか。
われは尚悔いて恨みず
百度もまた昨日の弾劾を新たにせむ。
いかなれば虚無の時空に
新しき弁証の非有を知らんや。
わが感情は飢ゑて叫び
わが生活は荒蓼たる山野に住めり。
いかんぞ暦数の回帰を知らむ
見よ! 人生は過失なり。
今日の思惟するものを断絶して
百度(たび)もなほ昨日の悔恨を新たにせん。


『氷島』所収。『萩原朔太郎全詩集』(筑摩書房、1979年)に拠った。


◆「いかなれば虚無の時空に/新しき弁証の非有を知らんや。」という二行の磁力には参る。
だが、その意味するところは?と問われても困る感じがある。難解だから有り難さが増す、ということではないのだけれど。



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