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吉野弘「或る声・或る音」[2021年10月10日(Sun)]


或る声・或る音   吉野弘


発車合図の笛が駅のホームに響き
電車が静かに動き出すと
隣り座席の若い母親の
膝に寝かされた一歳ほどの男の子が
仰向いたまま
また、声を発する。
初めは低く
次第に声を高め
或る高さになったところで
そのあと、ずーっと同じ声を発し続けるのだ。
電車が次の駅のホームにすべりこむと
その声は止む
電車が動き出すと
その子は再び声を発し
次第に声を高め
或る高さの声を保ち続ける
母親の膝に仰向いたまま、微笑んで。
──私は気付いた
レールを走る車輪の音を、その子は
声で真似ていたのだ。
発車して、車輪が低いサイレンのように唸り始める
速度を増すにつれて、やや高まり
走行中、唸りは切れめなく続く
その音を、声でなぞっていたのだ。
レールを走る車輪の音に、こんなにも親しく
どこの大人が
声で寄り添ったりしただろう。
電車に乗れば足もとから
必ず湧き上がってくる車輪の音に
私は、なんと久しく耳を貸さなかったことか。
私は俄(にわ)かに身の内が熱くなり
目をつむり
あどけないその子の声と
その声に寄り添われた鉄の車輪の荒い息づかいを
そのとき、聞いた
聞えるままに、素直に聞いた。



詩集『陽を浴びて』(花神社、1983年)所収
小池昌代編『吉野弘詩集』(岩波文庫、2019年)によった。


◆いわゆる五感のうち、聴覚や触覚は胎内にいるうちから発達するものだろうから、電車の車輪に近くいる幼児が敏感に車輪の音をとらえていることはうなずける。
だが、その音の高さや間隔を自分の声で真似ており、しかも「微笑んで」いる、という発見には驚かされる。

おそらく、「うたう」ことの原初の姿に「私」は立ち会ったのだ。




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