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石原吉郎「卑怯者のマーチ」[2021年09月15日(Wed)]


卑怯者のマーチ  石原吉郎


この街の栄光の南側の出口
この街の栄光の膝までの深さ
欠けた堤防は膝でうずめ
欠け落ちた隊伍は
馬鈴薯で埋める
偉大な事だけを
遠くへ生起させて
この街の栄光の南側の出口
この街の栄光の膝までの深さ
医師と落丁と
僧侶と白昼と
ひとにぎりの徒党と
系譜と病歴と
(酒と希望が残りを
 やっつける)
この街の栄光の右側ひだり側
この街の栄光の膝までの深さ
一人の直系を残すための
憎悪の点検は日没からだ
この街の勾配を
背なかでずり落ちて
眼帯のまうらへひっそりと整列する
起て ひとりずつ
移動せよ省略するな
省略しえたにせよ
名称は残る
卑怯者であると
故にいうのだ



現代詩文庫『石原吉郎詩集』(思潮社、1969年)より

◆コロナ禍で読まれるためにあるような詩だ。

繰り返される「この街」は、あまたの犠牲の上にオリパラを開催した首都・東京のことだ――そう読んで全く違和感がない。
その「栄光」は、決壊した堤防を兵たちの肉体でふさぎ、なお足りぬ所には馬鈴薯を投入してでも守らねばならなかった。命をつなぐ食糧を犠牲にしてまで守られたのが、帝都たる「この街の栄光」というわけだ。

祭りが去ったあとは累々たる民草の犠牲だ。
感染爆発が下降線を描き始めたとしても、医療の届かぬ何千何万の人々がいる。
気息奄々の彼らの姿は、わずかな例外を除いてほとんど人に知られることがない。

落丁どころか、人知れず瞑目する人々の名はそもそも記録されることがない。それでも「栄光の」歴史は編まれ続ける。正史に一人の「直系を残すため」にだ。

そのために今夜も、瓦解した街を疲れ切ってさまよう民草を整列させ、点呼と徴発が容赦なく続けられる。
手抜きをする者や、服従・翼賛しない者の首には、金メダルの代わりに「卑怯者」のタグが下がるのだ。


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