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「コロナ対策に"専任"をしたい」??[2021年09月04日(Sat)]

菅義偉氏の自民党総裁選不出馬表明のことば、昨日の昼のTVが一斉に報じ、夕刊にも載った。
官邸でのいわゆるぶら下がり会見をTVニュースで聴いていてアレ?と思った。「専任」と言う言葉を使った次のくだりである。

(自民党の役員会で菅氏が述べたのは……)
「私自身、新型コロナ対策に専任をしたい、そういう思いの中で、自民党総裁選挙には出馬しない、そういうことを申し上げました。」

(「コロナ対策と選挙活動には莫大なエネルギーが必要だった、と力を入れて述べたあとで)
「そういう中で、やはり両立は出来ない、どちらかに選択すべきである、新型コロナウイルス、この感染拡大を防止するために、私は専任をしたい、そういう判断を致しました。」

◆最初に見たTVでは「専任」と、実際に話した通りの字幕を付けていた。
しかし夜に入ってからの別の局のニュースの字幕では「専念」と付けたものも出てきた。

新聞はどうか、3日の夕刊から4日の6紙ほど当たってみると、例外なく「専念」にしてある。活字メディアの方は、「新型コロナ対策に専任したい」では日本語としておかしいと判断して「専念」に置き換えたようだ。

◆「」には〈まかせる〉の他に〈になう〉の意味もある(「担任」など)から、菅氏の言い方を誤用と決めつけないで置くけれど、一般的な使い方と言えないのは確かだろう。
自ら行おうとすることについては「専念」や「専心」が一般的であって、「専任」の方は任命者の存在を意識させる言葉である。

人事を動かすことで政治力を発揮してきたという菅氏にとって、任命のニュアンスを色濃く持つ「専任」は、なじみの言葉であるかも知れない。だが、自らの仕事についても、これまで「専任」を使って済ませることがしばしばあったのではないか。
そして、「スガさん、そういう時は「専念」の方が適切ですヨ」とアドバイスしてくれる人間が身近にいなかったのではないか。そう想像してしまう。

◆もう一つ、明らかに「センニン」と発音したものを「専念」と直して記事にするメディアの姿勢、見直しが必要ではないか?

書物で原文の通りの引用であることを表す「ママ」というルビ、あれに相当するものを工夫できないものか?

◆恥をかかせないよう、「専任」を「専念」に置き換えて記事をまとめてしまう、報じる側のそうした「思いやり」が権力者を甘やかして来た、ということもあるのではないか。
権力者の言語能力がどの程度のものであるのかを直截に伝え、そのことによって為政者自身が国民の負託にふさわしい応答力・発信力を磨くように促すのはメディアの重要な務めだと思う。

それはさておき、そもそも「コロナ対策専任(ママ)専念」が退陣の理由だとする説明自体が、訳のわからないものなのだった。
「退陣」=「施策遂行の主体でなくなること」=「職務放棄」に決まっているはずじゃないか。

「首相は説明を尽くせ」などと新聞は書くけれど、できない人に何を求めるのか?
ズバリ「説明能力がない」と指摘すれば足りる話なのに、いったい何に遠慮しているのだろう。




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