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おにぎり[2021年08月09日(Mon)]

◆原爆投下後の長崎を撮影した写真で最も有名なものの一つに、ジョー・オダネルという従軍カメラマンが撮影した「焼き場に立つ少年」がある。

すでに事切れた幼いきょうだいをおぶって、荼毘(だび)に付す順番を待っているのか、少年が「気をつけ」の姿勢を崩さぬまま裸足で立ってい――どこの誰で、その後どうなったのか、さまざまな人が調べてきた中で、写真は左右反転でプリントされた、いわゆる裏焼きではないか、ということも分かって来た。

◆その写真をめぐるTVドキュメンタリーを見た。
撮影場所は市街地からは離れた長崎本線沿いではないか、という。近くには原爆によって孤児となった子どもたちのための養護施設があった。そこに居た少年とその弟ではないか、という。

◆その施設で育ったある男性が画面に登場した。
彼の体験も苛酷なものだ。余所に引き取られていた妹の死が報された時の衝撃。

もう一つ、施設に引き取られる前、来る日も来る日も腹を空かせていた時の出来事――
買い出しに行くおばさんが弁当を食べていた。じっと見ている少年に気づいたおばさんが「ネズミがかじったおにぎりだけど食べるかい」と言いながらおにぎりを一つ手渡してくれた。そのおいしかったこと。
妹の死を語るときの崩れそうな無念の表情と、おにぎりを口にしたときの嬉しさと――ともに腹の底からこみ上げてくる感情が表出されていて心がゆさぶられた。


*******


ぐんじょう
群青くんと自転車に乗った白い花
           鈴木ユリイカ



毎日仮設住宅から母さんは歩いて行って
海に向かった
長いこと海の様子を眺めてから
おにぎりを一個ぽーんと投げてよこした
ぼくは海のなかで母さんにおはようと言う
それからおにぎりを受けとって
海のなかでむしゃむしゃ食べる
いつから母さんはぼくが海にいると
わかったのだろう
群青 さみしいよ お前が
いないと生きた心地がしない 帰っておいで
帰っておいで
そんなこと言われても ぼくは答えることも
できない ぼくはもう帰れないんだよとか
言えなかった
腹へったあ これは母さんに聞こえたらしい
次の日 おおきなにぎりめしをもってきた
海にちゃぽーんと落ちてきた
ああ 母さん うまいよ うまいよ
ぼくは母さんと泣き笑いした

いつのまにか 空っぽの空き地に草やタンポポが
生えていた
春なんだね 群青 それから
母さんはまた少し泣いた

寒かったり 暑かったりした 海が透きとおり
母さんの姿がゆらゆら揺れゆれて見えた
ぼくだって母さんにこんなふうに見えるだろうか?
だけど見えなくってもかまわない
きれいに晴れた日に母さんのあとについて行った
何にもない学校も橋もバス停も何にもない
野菜店も郵便局も何もない
ぼくの家はどこだったっけ
あすこの電信柱の下かなあ
母さんは石を置き
ぼくらの家のあったところに手を合わせた
じいちゃんも姉ちゃんもいない
仮設住宅にいるのかなあ
とぼとぼ歩く母さんは皺だらけになった
母さんの後に ぼくはついて行った
小さな箱みたいな仮設の家に入った
おっ ぼくの写真に母さんが手を合わせる
母さん こんにちは
母さんはぼくを写真でしか見えないんだな

ぼくは海に帰ってきた 海から浜辺を見る
ときどき自転車に乗った女の子を見た
みゆきちゃんかと思ったけれど
花がよろよろと自転車をこいで来ただけだった
ぼくもみゆきちゃんも消えていく
ふたりで透明になるのかなあ。



鈴木ユリイカ・セレクション3『群青くんと自転車に乗った白い花』(書肆侃侃房、2020年)より


◆海に消えた者の眼から、残された肉親やさまよえる魂を見つめると……。


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