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鈴木ユリイカ「夜」[2021年08月04日(Wed)]


夜   鈴木ユリイカ


 もう日が暮れようとしていたのに、わたしたちはまだ宿を見つけることができなかった。坂道を登って誰かがやって来ようとしていたが誰なのかわからなかった。懐かしい人だった。
 ずっと遠いところから懐かしい人が鈴の音を鳴らし、まるで巡礼のようにこちらに近づいてくるのがわかった。
 わたしたちは鈴を鳴らして歩いたりはしない。けれども旅の途中なので遠くからゆっくり人が歩いてくるのがわかった。鈴の音はいよいよ近づいてきた。そうして人の顔が見えるほどになったとき、一瞬、鈴の音が止んだ。
 まるで鈴自体が人間の心臓を持っているかのように、そして、こちらをうかがっているかのように、じっとしていた。そのとき、あたりがすっかり暗くなりかけていたが、ほんのりと微かに人の顔が見えたような気がした。なんと懐かしい人なのだろうと思ったが、相変わらず誰だかわからなかった。一瞬、鈴の音は止んだが、また規則正しい音がして、その人はだんだん遠ざかっていった。この世でもう二度と会えない人が名残惜しそうに去っていったのだ。わたしたちの大事な人が……。



鈴木ユリイカセレクション2『私を夢だと思ってください(書肆侃侃房、2020年)より


◆パンデミックの只中にいると、夢と現実の境目があやふやになって来る。
薄暮なのか黎明なのか、街中なのか荒野なのか。
目に映ずるものが不確かな場合、頼りになるのは音だ。

巡礼にとっての鈴の音は獣や魔物を除けるためだろうけれど、この詩の鈴の役目は反対で、何者かに近づくために鳴るようだ。
中国の故事にいう伯牙(はくが)と、その琴を嘆賞した鍾子期(しょうしき)のように、互いを良く知る知音(ちいん)と言うべき者同士が、鈴の音を手がかりに束の間再会し、また離れてゆく。

◆盆が近い。
鈴の音に注意を払う者が居てくれることを確かめ得てようやく鈴の持ち主は彼岸に向かうことができる。
鈴を打ち振っても誰ひとり聴く耳をもたないようだと、幽明境を異にした者は彷徨うほかなくなる。

生者の諫言に耳を傾けない為政者に、死者の鈴の音はなおのこと聞こえないだろうから、宴のあとの巷には怨嗟煩冤(はんえん)の声が満ちることだろう。




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