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鈴木ユリイカ「タブラ・ラサ」[2021年08月02日(Mon)]

タブラ・ラサ
   ―― アルヴォ・ペルトの音楽に   

           鈴木ユリイカ


わたしたちは半分砂に埋もれた住宅に住んでいた
毎朝わたしたちは水を求めて砂を掘ったり
わずかばかりの野菜をつんでは食したりしていた
毎朝わたしたちは散歩に出かけるのだった

どこへいっても崖や砂が襲いかかり
路を歩くたびに少しずつ少しずつ停止しなければならなかった
わたしたちは数百年もの間ひとりの人に会いたいと思っていた
誰もその人を見た者は居なかった しかし
そのひとがどんな人であるかわかっていた
そして 毎日 その人に会うのだった

今日も路が途切れたところで皆の息が苦しくなった
路はもうなかった しかし 空が割れて
光がふりそそぎ その一つの穴から地響きがして
よろよろとひとりの人が現れた
ああ と皆が叫んだ

地響きが続き 海も街も森もなくなりつつあった
もともと何があったかわからない
一つの穴からほのかな光につつまれた人が出てこようとしていた

神という人も
弥勒菩薩という人もいたし
おかあさんという人も
パパという人も
娘という人も
未来の友だちという人もいたが
誰も明確にいうことができなかった
ああ と皆がいうと胸が熱くなった

まるで原爆のような光のなかで
一瞬 会いたい人に会ったのだ
それから 永遠に近い静寂がやってきた
光は消え 崩れかけた崖と
砂だらけの路があった

そうして皆は今日一日を過ごすのだった



『私を夢だと思ってください』(鈴木ユリイカ・セレクション2 書肆侃侃房、2020年)より

*アルヴォ・ペルト(1935〜)はエストニア生まれの作曲家。

◆「タブラ・ラーサ」という言葉は、昔「倫理社会」という科目で「白紙」という意味だと教わったが、どういう文脈で出てきたのか、空漠としている。断片的な知識が何の役にも立たないことの一例である(無論、「自分の場合は」と限定して言うべきだけれど)。

「白紙」と言っても、大別して二つあるだろう。
一つは、目の前に白い紙があって、これから何かが書かれる(or描かれる)のを待ち受けている状態。
もう一つは、すでに書かれたものがあるのに、あえてそれを消し去った状態。いわゆる「白紙に戻す」ことだ。

どちらも緊張や勇気を必要とするが、それまで費やした時間や手間を考えれば、後者の方がより難儀だろうと想像がつく。
「白紙に〈戻す〉」と言っても、最初の紙を破り捨て、次の紙を取り出せば良い、というものではない。人の営為や社会のありようは元に戻らないことが普通だからである。
まして書いた当人には、そこまで働かせてきた意識や、手指を動かした記憶が残存しているものだ。それは個々人においても集団にとっても同じだろう。

◆この詩はアルヴォ・ペルト(1935年エストニア生まれ)の2本のヴァイオリン、プリペイドピアノと弦楽のための音楽「タブラ・ラサ」(1977年作曲)に触発されたものだ。

砂に埋もれた街――天変地異、あるいは人間の手で(もしくはその両方。たとえば大震災とそれに続く原発過酷事故により)荒廃がもたらされて数百年。――そこに暮らす人々が会いたいと思う「ひとりの人」とは「希望」のことだろう。抽象的な「希望」は、人の姿をして現れることで人々の生きる熱源となり、未来への目標ともなる。それを可能にするのは、人々の集合意識、集団に共有されている記憶である。

「希望」が見せる姿は人によって異なっている。だが、それで良いのである。唯一のイメージしか許容されないのは、カルト集団か独裁国家ということになってしまうからだ。


*ペルトの「タブラ・ラサ」、ネット上にはアンソニー+シャハムらによるものとクレメル+グリンデンコたちによる演奏が見つかった。

アデレ・アンソニーギル・シャハムほか
https://www.youtube.com/watch?v=eOW-StB98UQ

ギドン・クレーメルタチアナ・グリンデンコほか
https://www.nicovideo.jp/watch/sm17189397





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