MAX RICHTER「Voices」と世界人権宣言[2021年04月04日(Sun)]
◆Max Richter(1966年生まれ)という作曲家の「Voices」というCDを聴いた。
世界人権宣言(1948年に国連で採択)にインスピレーションを受け、構想10年以上かけて作曲した作品だという。
美しく繰り返され高潮してゆく音楽に、世界人権宣言の朗読が重ねられて行く。
朗読には「宣言」起草委員会の委員長をつとめたエレノア・ルーズベルト(1884-1962) 自身の朗読も音源として用いている(エレノアは第34代米国大統領フランクリン・ルーズベルトの妻でもある)。
◆CDのライナー・ノートによれば、宣言の条文は現代のジェンダーの観点からみれば問題となる箇所(第一条の「brotherhood」*など)を中心に修正が加えられ、宣言の理念を要約して伝えるために抜粋等が施されたという。
ただし、外務省のホームページに仮訳としてアップされている訳文は、日本語の特性上、性による表現の問題はほとんどない、と書いてあった。
だが、果たして「日本語の特性」と言い切っていいのかどうか?
アマノジャクの気分が頭をもたげる。
参考までに、その第一条を掲げておく。
*第一条の英語原文
Article 1.
All human beings are born free and equal in dignity and rights.They are endowed with reason and conscience and should act towards one another in a spirit of brotherhood.
*日本の外務省の仮訳文
第1条
すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。
◆「兄弟愛」と訳すこともあるだろう「brotherhood」に、「同胞」という訳語を当てた結果、ジェンダー上の問題が見えなくなった、ということであって、「日本語の特性上」というふうに断定することはできないと思う。
「男らしさ」「女らしさ」の色付き&度付き眼鏡で人を貶めたり傷つけたりする言い回しは日本語にもクサるほどあるし、人間の尊厳を踏みにじっても笑ってスルーされるような男女平等後進国であることを改めて認定されたばかりだ。
「brotherhood」という言葉で切り捨てられるものに想像を及ぼし、単なる置き換えでない表現を模索してその定着や洗練を追求する努力の方こそが求められているはず。
上掲CD解説の「日本語の特性」という書き方は、その意味で思量が作曲家の苦心に届いていないように思える。
◆ともあれ、「Voices」という作品全体は美しく感動的だ。
人権宣言を朗読する人間の声と音楽の声とが重なり合うディスク1枚目、音楽のみを収めた2枚目、それぞれに感動した。
普遍的な理念に触発されて音楽が生まれる、という創造のありようにも感銘を覚える。
MAX RICHTER「Voices」のライナーノート2冊。
*左が英文の「宣言」と演奏者たち紹介、右は日本語で作曲家のコメントや宣言の訳文を載せる。
くだんの「 in a spirit of brotherhood」を、左のライナーノートでは「 in a spirit of community」と表現していた。
*「Voices」はDECCA、UCCD-1481/2,2020年