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塔和子「人の林で」[2021年03月06日(Sat)]


人の林で  塔和子


花に蜜がなければ蜂も寄ってこない
海に魚がいなければ釣糸をたれはしない
地下に水がなければ掘りはしない
  花も海も地面も
  あるがままにあって
  ゆったりとしている
関心がないものは見つめることさえしないが
その魅力を知る者は
どこからともなく寄って来て
貪婪に摂取する
ああ人の林で
意識することなく
蜜をもつ花になりたい
豊かに魚を住わせている海になりたい
質のいい地下水を
たっぷりふくんでいる地面になりたい
作意もなく誇張もなく
見せかけもなく
花が花であることにおいて
海が海であることにおいて
地面が地面であることにおいて
おのずからもつ
魅力を
身のうちにもちたいのだ


塔和子詩集『不明の花』(改装版。海風社、2006年)より

◆気に入った詩は人にも薦めたいと思うものだ。ただ、選ぶ側の視点は自ずと偏りがあって、人生訓の気味が強いのはどうしても避けてしまう。歌謡曲で言えば「川の流れのように」の類いだ。音楽が良ければ耳にはなじむけれど、文字で読むのは勘弁、という気がする。幾つになっても人生なるものがちっとも分かった感じがなく、自分で分かってないのに人の詩句を借りて分かった風に振る舞うのはズルい気がする。

◆この人生論風の詩は「人の林で」という我が身の置き方が独特で、「人の森」ではないのは(まして「人の山」ではない)どうしてかと考えさせる。
森に比し林は人が足を踏み入れやすいところ、ということがあるだろう。理想とされるのは花や海や地面のようにあるがままにゆったりとしていて、人を豊かにしてくれるものでありたいということだ。林はそれらをつなぎ、かつ人の暮らしに近い空間だ。そこに在るものとしておのずからなる魅力を「身のうちにもちたい」という。金メッキのバッジを襟元に光らせているような生き方とはむろん、対極にある。
「かくありたい」という願いは、押しつけがましさがなく、人を招じ入れる広闊さがある。



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