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まど・みちお「もう すんだとすれば」[2020年10月28日(Wed)]

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もうすんだとすれば  まど・みちお


もうすんだとすれば これからなのだ
あんらくなことが 苦しいのだ
暗いからこそ 明るいのだ
なんにも無いから すべてが有るのだ
見ているのは 見てないのだ
分かっているのは 分かっていないのだ
押されているので 押しているのだ
落ちていきながら 昇っていくのだ
遅れすぎて 進んでいるのだ
一緒にいるときは ひとりぼっちなのだ
やかましいから 静かなのだ
黙っている方が しゃべっているのだ
笑っているだけ 泣いているのだ
ほめていたら けなしているのだ
うそつきは まあ正直者だ
おくびょう者ほど 勇ましいのだ
利口にかぎって バカなのだ
生まれてくることは 死んでいくことだ
なんでもないことが 大変なことなのだ


 伊藤英治・編『まど・みちお全詩集』(理論社、1994年)より


◆反対語を対にして並べた詩。
ああ言えばこう言う天の邪鬼のやり方で、ものごとを単純化したり、表面を掻い撫でしただけで分かったつもりになることを戒めているのだろう。世阿弥だったか、自分を客観視できる、「離見の見」が大切、と説いたエラい人もいる。

◆1行目――たとえば夕空をながめながら、一仕事済んだ、とホッとするのも束の間、明日はもっと大事な一日になるぞ、と気を引き締める。

2行目――他人から見れば安楽に生きているように見えても、当人は苦しくてたまらないのを呑み込んで平気を装っていることもある。
(――あるいは安楽な道をつい選んでしまう自分のふがいなさが情けなく苦しい。)

◆だが、作者は人に教訓を垂れているのではない。

7行目、「押されているので 押しているのだ」という切実な訴えは、押してくる相手との格闘を懸命に現場中継しているのだ。
傍目には可笑しくとも、当人は必死なのだ。

◆結びの2行は、そうした矛盾・対立・せめぎ合いをはらむ生と死が大事業であることを述べる。
2行の長さを揃えたのはこの2行を横に重ね合わせて読んで欲しいという意図もあってのこと。

「生まれてくること」=「死んでいくこと」というのは確かにその通りで、深い真理ではある。
気づいてみればこの世に生まれて来ていたので(親たちの辛苦は脇に置いといて)、「生まれてくること」は「なんでもないこと」だった。
「死んでいくこと」の方も、誰もが死出の山に向かうようなので、同様に「なんでもないこと」であるのは間違いない。
先立つ者たちを見送った経験も一再ならずあるわけだし……

……とは言え、わが身のこととなれば全くの初心者。
なんでもないはずの「死んでいくこと」を目前に控えれば、やっぱり「大変なことなのだ」と、ジタバタするほかないではないか。



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