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稚木(わかぎ)を接ぐこと[2020年10月23日(Fri)]


正直の話   エンツェンスベルガー
             種村季弘 訳

ヘル式タイプライター電信機がカタカタと鳴っている間に、
君は花瓶のなかの罌粟をきれいに整理する。
ポンペイが溶岩の波間に沈んでゆく間に、
君は僕の煙草の味をほめる。
三人の大臣が国土を売り渡す間に、
君は注意深くお茶を注ぐ。
都市(まち)がこなごなに破壊される間に、
君は川から鮭を獲ってくる。
世界中が爆発している間に、
君は嬉々として遠心分離機で蜂蜜を濾す。

人間よりもおそろしいものはない。
これを要するに、
渦巻星雲、文化の危機、世界大戦は
つかのまの些事、
時間の藁、
愚にもつかぬ児戯。

大切なのは ギシギシと軋むロクロの上で
丹精こめて粘土をこねること(セラ)。
そうすればペストが家の中をのぞきにきても、
あとの祭りだ。
数世紀が過ぎて、少女たちが
彩色陶器を愛(め)でたのしむ。

大切なのは 君の肩に
お似合いのショールを掛けること(セラ)。
そうすれば船が砕けても、
あとの祭りだ。
いくつかの文化期が過ぎて、君を愛する誰かが、
君のプロフィルの優美を愛でる。

大切なのは、適切な稚木(わかぎ)
適切な樹に接木すること(セラ)。
そうすれば絞首吏が呼び出しの鐘を鳴らしにきても、
とうの昔にあとの祭りだ。
いくつかの氷河期が過ぎて、子供たちが
すてきな杏(あんず)を愛(め)でたのしむ。

悪魔憑き? 要するにディレッタンティズム。
カタストロフ? 歴史の珈琲店(カフエ)のおしゃべりだ、
粘土の甕(かめ)やプロフィルや
きみの杏のほうがずっと長持ちする、正直の話。



川村二郎/種村季弘/飯吉光夫 訳『エンツェンスベルガー全詩集』(人文書院、1971年)より。
 *収録詩集は1957年刊の『狼たちの弁護』

◆歴史を弑(しい)する者ばかりの世情を目の当たりにすると、それへの対抗策を詩に求めないわけにはいかない。

粘土をこねた陶器(を充たす豊かな食べもの)や果実が人々を育み、うつくしいものを愛でる心をも次の世代に伝えること。

そうすれば、はるかのちのちまで、うまし世のことが伝えられるだろう。



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