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木原孝一「鎮魂歌」[2020年07月14日(Tue)]

DSCN3872.JPG
外に結んで置いたレジ袋にカエルがいた。
有料化で貴重になったレジ袋をしっかりキープして置こうとの構え。

*******

木原孝一の代表作と言えば、「鎮魂歌」だろう。
弟の死がモチーフになっている。

鎮魂歌   木原孝一            


     弟よ おまえのほうからはよく見えるだろう
     こちらからは 何も見えない

昭和三年 春
弟よ おまえの
二回目の誕生日に
キャッチボオルの硬球がそれて
おまえのやわらかい大脳にあたった
それはどこか未来のある一瞬からはね返ったのだ
泣き叫ぶおまえには
そのとき 何が起こったのかわからなかった

   一九二八年
   世界の中心からそれたボオルが
   ひとりの支那の将軍を暗殺した* そのとき
   われわれには
   何が起こったのかわからなかった

昭和八年 春
弟よ おまえは
小学校の鉄の門を 一年遅れてくぐった
林檎がひとつと 梨がふたつで いくつ?
みいっつ
子山羊が七匹います 狼が 三匹喰べました 何匹残る?
わからない わからない
おまえの傷ついた大脳には
ちいさな百舌が棲んでいたのだ

   一九三三年
   孤立せる東洋の最強国 国際連盟を脱退
   四十二対一 その算術ができなかった
   狂いはじめたのはわれわれではなかったか?

昭和十四年 春
弟よ おまえは
ちいさな模型飛行機をつくりあげた
晴れた空を 捲きゴムのコンドルはよく飛んだ
おまえは その行方を追って
見知らぬ町から町へ 大脳のなかの百舌とともにさまよった
おまえは夜になって帰ってきたが
そのとき
おまえはおまえの帰るべき場所が
世界の何処にもないことを知ったのだ

   一九三九年
   無差別爆撃がはじまった**
   宣言や条約とともに 家も 人間も焼きつくされる
   われわれの帰るべき場所がどこにあったか?

昭和二十年
五月二十四日の夜が明けると
弟よ おまえは黒焦げの燃えがらだった
薪を積んで 残った骨をのせて 石油をかけて
弟よ わたしは おまえを焼いた
おまえの盲いた大脳には
味方も 敵も アメリカも アジアもなかったろう
立ちのぼるひとすじの煙りのなかの
おまえの もの問いたげな ふたつの眼に
わたしは何を答えればいいのか?
おお
おまえは おまえの好きな場所へ帰るのだ
算術のいらない国へ帰るのだ

   一九五五年
   戦争が終わって 十年 経った
   弟よ
   おまえのほうからはよく見えるだろう
   わたしには いま
   何処で 何が起こっているのか よくわからない


山下洪文・編『血のいろの降る雪 木原孝一アンソロジー』(未知谷、2017年)より

1928年の支那の将軍暗殺とは関東軍による張作霖爆殺事件。
**1939年の無差別爆撃とは、1938年暮れに始まった日本軍による重慶爆撃を指しているだろうか。
あるいは最初の無差別空爆とされる、1937年のナチス政権下のドイツ空軍によるゲルニカ爆撃をイメージしているかも知れない。

詩全体は空襲で命を落とした弟の短い生涯をたどり、生き残った「わたし」の、未来を見失い彷徨するほかない嘆きをうたう。



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