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木原孝一「広場」[2020年07月13日(Mon)]

DSCN3774コガネムシ並んで.JPG

木の葉にコガネムシが並んで乗っかっていた。虫食いだらけの葉っぱが目に付いた。食欲旺盛なのだろう。

*******


広場  木原孝一

    ぼくのこころの隅には
    ちいさな広場がある
    そこは
    いつでも陽のあたっている場所だ
いま
ひとりの少年が
吊環にぶらさがって未来を蹴った
    「そうだ」
    きみの両腕のささえているバランスが
    世界そのものなのだ」

遠いところで
ひとりの少女が
ブランコをゆすりながら時間をはかっている
    「その秤には
    あらゆる人間の
    夢と コンプレックスがのっているのだ」

その向うでは
もっとちいさな子供たちが
錆びた階段を 文明にむかって昇りはじめる
    「きみたちの
    反対側にあるのは滑り台だ
    さあ 転げ落ちないようにしたまえ」

    ぼくのこころのなかで
    あかいおおきな夕陽が燃え落ちると
    広場はだんだん
    影の部分にはいってゆく


山下洪文・編『血のいろの降る雪 木原孝一アンソロジー』(未知谷、2017年)より。

◆第一連の「いま……未来を蹴った」という詩句が印象的だ。
3連いずれも、あやういバランスや暗転をはらんだ子どもたちの姿を描くが、未来は、実に彼ら自身がその肉体ぜんたいと感受性を駆使して引き寄せるものである以上、「ぼく」ができるのは彼らを励まし、未来を彼らに託して祈ることだけなのだ。

1945年2月に病を得て硫黄島から帰還(硫黄島守備隊の玉砕はその翌月)、5月24日の東京大空襲で弟・清治を喪った痛恨の経験を持つ木原の詩は、「広場」のような向日性の強い詩においても陽の光は影とともにとらえられている。生の背中に死が張り付いている、と言おうか。

最終連で広場に広がってゆく「影」は、夕陽が燃え落ちたから現れたのではない。
昼の陽光とともにすでに魂には見えていた「影」であったのだ。

◆詩「広場」には大中恩が曲を付けている。 
中原中也の「骨」、深尾須磨子の「さすらい」、室生犀星の「はたらいた人達」・「昨日いらっしって下さい」とともに『五つの現代詩』として曲集にまとめられ、演奏会でも取り上げられているようだ。
ネット上にも歌唱の動画がアップされている。ありがたい時代だ。
その一つを下に貼り付けて置く。

伊東大智(テノール)+ 西本久美子(ピアノ)による演奏(2010年)
https://www.youtube.com/watch?v=X__wVk6puu4


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