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ひよめき[2020年03月18日(Wed)]

DSCN2896.JPG
レンギョウ

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◆朝早くに新しい命が誕生したとの嬉しいメール。
生まれたばかりの赤子の写真も添えてある。

身内ではひさびさの慶事。健やかに育ちますように。


◆奇しくも我が家の相棒の14歳の誕生日と重なった。こちらは人間でいうと72歳、階段を降りるのに難儀するようになったが、放ったボールにダッシュする瞬発力はなかなかである。投げたフリをすると引っかかってキョロキョロするのも相変わらず。食餌は高齢犬用に切り替えたがなお食欲は盛んである。


赤んぼうの「ひよめき」

◆未だ柔らかい赤んぼうの頭骨の縫合部を「ひよめき」とよぶのだ、というのを知ったのは次の詩のおかげである。


実えんどう  南川隆雄

妹がおなかに宿っていた 肉魚が手に入らない時
期だったので 母はひたすら豆類を食べて たん
ぱく源を補った 兵隊帰りの父は本好きで そう
いう知識もあったようだ 板の間に坐って 実え
んどうの莢むきを夜なべ仕事に手伝った ざるに
集めた豆は翌日一家で平らげ その夜もまた莢む
きにいそしんだ あの時節 近所の農家から安い
実えんどうが毎日のように手に入った

莢をむきながら 父が植物羊の話をしてくれた
大震災前の幼いころ横浜の叔父から開いた話だっ
た 父の叔父さんは遠い外国のうわさ話を得意に
したそうだ 韃靼の野原には野生のえんどうが群
れていて なかに時たま植物羊が宿るのだという
紋白蝶に似た花に雄しべがつくと 莢がひときわ
大きくなってくる 莢の胚柄からへその緒を通じ
て栄養を吸い胎児が育つ 莢が枯れ ぽんと音さ
せてはぜると 幼い羊が地面に転げ落ちる 韃靼
人はそれを拾って帰り 羊の群れに放つのだ

父はときどき名古屋駅西日の闇市に出かけ 生干
し食用蛙のもも肉や古本や木工道具を買ってきた
そして復員してから十か月が経ち十歳違いの妹が
誕生する 戦後生まれのだいじな家族 寝ている
赤ん坊の頭を撫でて ぺこんとへこんだのには飛
び上がるほど驚いた 母の所にとんで行くと「ひ
よめき」
だと笑っておしえてくれた

あのころ いく晩 実えんどうの莢むきをしただ
ろう 熟れすぎてセルロイドのように硬く半透明
の莢からとび出す 鮮やかな緑色の豆粒 これだ
けたくさん莢をむけば 子羊でなくても 一つ二
つは豆以外のものが現れてもよいものを と思っ
たものだった


南川隆雄 詩文集『爆音と泥濘(ぬかるみ) 詩と文にのこす戦災と敗戦』 (七月堂、2019年)

◆戦後の食糧難の中での妹の誕生。
庇護すべき新たな命を慈しむように撫でてやったら、頭がへこんでびっくりした経験。
それを「ひよめき」だよと教えてくれた母親の笑顔と胸をなでおろした少年の表情まで髣髴とする詩だ。

◆「ひよめき」とは、かすかに動くさまを表す「ひよひよ」から生まれた語と辞書にある。
漢字では「顖門・顋門」などと書くようだが、何とも不思議な語感のことばではないか。
「春めく・ときめく」などのように、接辞の「〜めく」には内部に隠れていたものが動きをともなって外にはっきりと現れて来る感じがある。
「ひよめき」には、加えて神秘的な雰囲気も漂う。

◆異国の「植物羊」のエピソードも生命の不思議に誘う話。
韃靼(ダッタン)の野原、まれに羊を宿すことがあるというえんどう。

父は敗戦を中国大陸で迎え、その翌年ようやく還って来た。
その父から横浜の叔父を経由した異国の不思議な話が伝授される。
少年の想像を掻き立てずにおかない。

植物から動物が生まれるなんてそんなことはあり得ない、などと「常識」や「分別」で我々が頭をガチガチに固めて、つまらぬ大人になってしまうのはなぜだろう。




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