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詩人・尹東柱 没後75年[2020年02月16日(Sun)]


◆2月16日は、詩人・尹東柱(ユン・ドンジュ 1917-1945)の命日である。

治安維持法違反の嫌疑を受け福岡刑務所で獄死した。今からちょうど75年前のことだ。
留学生として来日中にも書き綴ったであろう詩作品のあらかたが、日記などとともに押収され、彼の死とともにこの世界から消えた。
今私たちが読むことのできるのは、来日前に手書きの詩集としてまとめていた『空と風と星と詩』所収の詩篇、および書簡に同封されるなどして伝えられた作品たちである。

日中戦争に突入した1937年以降、日本の植民地としての朝鮮には皇民化政策の押しつけが進んだ。
岩波文庫版『尹東柱詩集 空と風と星と詩』の金時鐘による解説から拾うと――

1937年10月、『皇国臣民の誓詞』発布。朗読・斉唱の強制。
1938年2月、朝鮮陸軍特別志願兵令公布
同   4月、朝鮮教育令改定(朝鮮語授業、事実上廃止)
1939年12月、創氏改名の制令

そうした時代にあって母語である朝鮮語で詩作を続けていたことが、滞日の同胞を煽動し独立運動を企むものとして治安維持法が適用されることになったと思われる。
言葉を奪われることは魂を奪われることに等しいゆえに、詩のかたちで希望の灯を消さぬ事を自身の使命として意識していただろうと想像する。

***

伊吹郷が訳した影書房版の『空と風と星と詩』には、尹東柱の幼なじみで、多感な十代をともに過ごした文益煥(ムン・イッカン)の回想が載っている。文氏も神学生として戦前の日本で過ごした経験を持つ、牧師・詩人である。
尹東柱の人となりをよく伝えているだけでなく、愛する友への深い哀惜が、深海からわき出す真清水のように読む者の心にしみこんでくる。
抄録しておく。


「東柱兄の追憶」より   文益煥

彼にあってはこの世の波風は静まり、みな羊のように柔順になって、湖のごとく澄みわたるのだった。しかしその魂の底には、他人のうかがい知れぬ深い激動があった。鏡のようにおだやかな海面の深いところになにものも抑えることのできない潮の流れがあるように。
彼はもの静かで内面的な人だった。そして友人たちの間では寡黙な人として通っていた。だからといって生意気だと思ったりする人はいなかった。みなが寡黙な彼とつきあいたがった。彼の瞳はいつも純粋を求めて遠くを見つめていたけれども、その体温は誰にでもあたたかく感じられるのだった。わたしはなんの誇張もなく告白できる。深いところから発していた彼の人間のあたたかさを今なおほかの誰からも感じたことがない、と。それゆえ彼が占めていたわたしの心の一隅は他のいかなるものでも補うことができないのだ。異郷の地満洲でも新京〔現在の中国吉林省長春〕をさまよい解放の鐘の音を聞いたその日、わたしの心を耐えがたく突き刺したのは東柱兄の幻想だった。
「東柱よ、君が生きていたら……」


(略)

彼にあってはすべての対立は解消された。その微笑にただようあたたかさに解けぬ氷はなかった。すべての人々が血をわけた兄弟だった。わたしは確信をもって言うことができる。福岡刑務所で息をひきとるとき、彼は日本人のことを考え涙を流したろう、と。人間性の深みを見すえその秘密を知っていたから、誰をも憎むことができなかったろう。民族の新しい朝を待ち望む点で彼は誰にもひけをとらなかった。それを彼の抵抗精神とよぶのだろう。しかしそれはけっして敵を憎むことではありえなかった。すくなくとも東柱兄はそのように感じることができなかったはずである。

◆尹東柱の詩には、深い信仰から紡がれたことばたちが織り込まれている。文益煥はそこにもやわらかな光を当てる。

彼に表われた信仰の深さがさほど論議されないのがわたしにはやや不思議に思われる。彼の詩はつまり彼の人生であり、それはごく自然に宗教的でもあった。彼にも信仰の懐疑期があった。延専(ヨンヂョン)時代がそういう時期だったらしい。ところがその存在を深くゆさぶる信仰の懐疑期にも、彼は見た目にはあいかわらずおだやかな湖のようだった。詩もあえて成熟させなかったように、信仰も急いで熟させようとはしなかったのだろう。彼には人生がそのまま実りゆく詩であり、信仰だったようである。
東柱兄は逝ってしまった。おろかなわたしは今その追憶を書く。追憶を書くことで、わたしの人生は清らかになる。それほど彼の人生は澄んだものだったのである。(一九六七・二)


1938〜41年、尹東柱は京城(ソウル)の延禧専門学校(現・延世大学校)文科に学んだ。

◆上掲文から省いた冒頭部分に、「彼を回想するだけでも魂が清められるのを経験する」と述べており、この結びにおいても
「追憶を書くことで、わたしの人生は清らかになる。」と繰り返している。

この世には、理解しえないものに対して怯えや憎悪で濁った目を向けることしか出来ない人間がいる。
その一方で、より良く理解しようと心を働かせる人間も確かに居る。
彼らに訪れる「魂の浄化」とは、何と豊かな実りであることだろう。


*****

◆拙ブログで尹東柱について書いた記事と紹介した詩は…

「たやすく書かれた詩」
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/105

「序詩」「星をかぞえる夜」
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/363

「眼を閉じてゆく」「新たな道」
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/838




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