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足裏の土の記憶[2020年01月05日(Sun)]

DSCN2491龍長院入口不動明王-A.jpg
横浜市戸塚区、龍長院入り口に立つ不動明王像(影取交差点の前)。
国道1号線の拡幅工事を機に現在地に移したものらしい。
高い台座の上から道行く車や人を見守るように立っている。
箱根駅伝の往復を今年も見届けた。

*******


「地上を渡る声」より   小池昌代

11

ウクライナ民話の絵本のなかにいた、ひとくみの農民夫婦
いかにもよく働きそうな分厚い手足
子供に何度も読んでやりながら
ある日初めて、ある頁に描かれた男の足の裏に目がいった
土に汚れてまっくろなのだ
改めて 見れば かれら 靴をはいておらず
畑と家との間の野路を 素足で歩いているのだった
わたしはなぜか こころを衝かれ 男の翻った足の裏を見つめた
こころがうごいたのは
足の裏の汚れになのか
足の裏を汚している男になのか
足の裏の汚れを描きこんだ画家に対してなのかは、よくはわからなかったが
見ていると どういうわけか 心が鎮まる汚れだった
むかし
家の内と外を隔てる境には
濡れた古雑巾が敷かれていた
子供の私は
その上に足をのせ
足裏をこすりつけては
汚れをふいた
(ぞうきんで足を拭いてからあがりなさい!)
ウクライナ民話の農民の男よ
あなたの足の裏に わたしはいままでどうして気づかなかったのだろう
何度も何度も頁を繰りながら。
外と内のあいだにある濡れた古雑巾
そこにこころをいったんおろしてから
わたしはウクライナの絵本を閉じる
何かを素足で踏んだような気持ちになって
何を踏んだのだろう
おそるおそる 自分の足の裏をたしかめる
過去を半分だけ振り返るような姿勢で


小池昌代『地上を渡る声』(書肆山田、2006年)

◆足の裏は地面にじかに触れるものなのに、その感覚をとうに失って久しいわたしたち。
絵本に描かれた足裏の土に忘れていた感触を思い出す。

友だちや家族、季節のめぐりや家の中から漂ってくる晩ご飯のにおい……
古雑巾を用意してくれた手が、今度は夕餉の支度に取りかかっているのだ。
幾世代にもわたって繰り返されて来た営みの、身体化された記憶。

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