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わたしの「人間」を奪い/わたしの主人になって/命令する日本語。[2019年08月15日(Thu)]

DSCN1436.JPG
木槿(ムクゲ)

◆ ◇ ◆

コトバのツケ   申有人(シン ユイン)

わたしの日本語には
だれにも見せたくない
ひとつの恥部が
こころのおくに 影を落とし
えたいの知れない
うしろめたいものが
密かに うずく。

その むかし
日本語の巧い朝鮮人を賞めるのに
――まるで日本人そっくりね!
と 頭をなでて朝鮮人を悶絶させた。
憶えば
わたしもこのお仕着せの世話になってながい。
半世紀の歳月は
不格好な借着のぬくもりに狎(な)れさせ
知らぬ間に母のコトバを逐いだし
わたしの「人間」を奪い
わたしの主人になって
命令する日本語。
打てば全羅道訛(サトリ)
素っ裸で飛びだしたわたしの母語は
ながい風濤に晒らされ
遙かな異国のコトバへ移りゆく。
母のコトバを逐いだした
日本語に黙ってしたがう
わたしは誰だったろう。
同じ時代に生きて
同じ母のコトバを
「死」で衛った詩人もいる。
母語で書いた自分の未刊詩集を
大事に持っていたため
残虐な日本語の拷問にあい
戦争末期福岡刑務所で死んだ
尹東柱(ユンドンジュ)は囚われても
「奴隷」にはならなかった。

植民地の「奴隷語」を
言語学者は(Pidgin)と称んだ。
悲惨な現実を生きのびるための
コトバのツギハギが〈ピジン〉であり
「物言う家畜」の日常語になるが
その子供たちには
「神聖な母語」であった。
生れくる子供に
その母が択べないように
母のコトバも択べなかった。
母から流れる
乳とコトバは
人間の証(しるし)となって
そのこころと肉体を育てる。
いま日本には
七十万の朝鮮族がいるが
その主流は在日三、四世で
その殆どは朝鮮語を知らない。
朝鮮語はかれらの母国語ではあっても
母語ではなかった。
かれらの母語は
正確な朝鮮語でも日本語でもない
「ツギハギ」の「イカイノ語」であった。
日本現代史が
この新生ニッポン語に
悶絶しないのはなぜだろう?


森田進・佐川亜紀編『在日コリアン詩選集』(土曜美術社出版販売、2005年)より

申有人(シン ユイン 1914-1994)
韓国全羅南道谷城郡生まれ。1920年に渡日。詩誌「コスモス」同人。著作集『狼林記』(皓星社、1995年)がある。

◆敗戦の日8・15は韓国においては光復節。
生きのびるために他民族のことばを身につけざるを得ない体験がもたらす屈折とそれがもたらす悶絶は加害側に意識されることはない。

「悶絶」や「恥」と表現する歴史には集団の歴史も個としての歴史も含まれている。
個としての歴史を置き去りにしては歴史認識の問題は半歩も先へ進まないだろう。

「わたしは誰だったろう」と自問する人間の前に立つ者が、彼の「悶絶」と「恥」に見合う痛みを自らの内に刻印できるかどうか。

◆◇◆◇◆

尹東柱(ユン・ドンジュ、1917-1945)について過去の記事は……

【詩人・尹東柱 没後70年】 (2015年2月16日記事)
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/105

【尹東柱〈星をうたう心で〉】 (2016年10月21日記事)
https://blog.canpan.info/poepoesongs/archive/363


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