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唐木順三のことば[2017年08月18日(Fri)]

ひとつの花がひらくにも全世界、全宇宙の協力がいる。

   ―― 唐木順三「無常」より

◆高校時代に読んで最も心に残った人を一人挙げるとしたら、唐木順三(1904ー1980)である。

澤村修治の評伝「あめつちとともに 唐木順三」(ミネルヴァ書房、2017年)を読んだ。
唐木の生涯を愛情をこめてたどった一冊で、評論以外の唐木の顔、とりわけ出版人(筑摩書房の創業者の一人である)の顔、および教育者としての顔を知ることができた。

◆1940年から藤沢の北隣にあたる大和市の南林間に住んだ唐木であってみれば、ゆかりの場所は県内に少なくない。
生涯の師と仰いだ哲学者・西田幾多郎宅(鎌倉極楽寺姥ケ谷)や、教壇に立った法政第二中学(川崎市。現在の法政二高)などだが、戦時中、六会にも通っていた時期があったことをこの本で知った。
現在六会日大前にある日大の生物資源科学部、戦前は日大工科であったその予科で教えていた時期があるという。大学時代から旧知の三木清を介して唐木に声がかかったようだ。ただし戦争最末期を迎え、東京の筑摩書房自体も空襲で焼亡する状況で、日大での教授は自然退職のような形になってしまった。
大学在学中の松本女子師範の臨時講師、卒業直後の上諏訪の高島実業補習学校勤務など各地で続けて来た教員生活であったが、戦時の混乱期にすべての教職を失ったわけである。

しかし戦後も明治大で長く教授を務めたし、信州教育に深い関わりを持ち続けた人であり、61年の大病後に長野県富士見町に設けた山荘「不期山房」では道元の「正法眼蔵」を読む会を毎年続けたほか、信州各地での講演もしばしば行った。
郷里を大事にしたのは、若き日の信州教育の先導者たちとの出会いがあったればこそであろう。

◆その墓所は故郷・信州の宮田村にある。一度訪ねるべき場所としてリストに加えておこう。

◆大和市南林間には唐木の旧宅が現存する。先年訪ねて見た時には表札も往時のままであった。
「思索の人」唐木順三が数々の著作を紡いだ場所として大事に保存されてほしいと願う。
その折りに大和市教委に電話してみたら、若いスタッフ、初めてその名を耳にするような受け答えであったのが今も気がかりだ。
没後37年、再読せねば。

唐木順三邸 009-B.jpg
 唐木順三旧宅(大和市南林間。2010年撮影)


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コメント
コメントにご返事遅れ失礼しました。動けるうちに墓参に行きたいと考えていますが実現できていません。
コロナ禍の収束待ちです。

>アルピーヌさん
>
>はじめまして
>私も最近唐木順三さんが気になり 全集を買い求めました
>神保町も寂れきり 古書の値段が下がったのは何よりです。
>
>
>
>
Posted by:岡本清弘  at 2020年06月13日(Sat) 01:19

はじめまして
私も最近唐木順三さんが気になり 全集を買い求めました
神保町も寂れきり 古書の値段が下がったのは何よりです。



Posted by:アルピーヌ  at 2020年05月23日(Sat) 12:30

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