山田玲子「ひとりで買った」[2026年09月11日(Fri)]
ひとりで買った 山田玲子
ひとりで買った
柱時計が鳴っている
十一時
明るい光が満ちている
これを買うのに
決めるのに
慎重だった
いくつものお店に行った
なんどもお店へ行った
だから
言うまい
柱時計ひとつと
『ツグミの家』(七月堂、2010年)より
◆9・11。
しばらくは太平洋をはさんで連帯を呼びかける集会も開かれていた。
(参加したもので言えば、たとえば2004年の明治公園)
すでに25年、世界は一向に良くならない。
あの事件で家族や知り合いを失ったというわけではない者にもポッカリ空いた大きな穴。
それを埋めることができないまま、影を失ったままでいるような。
***
◆父や夫の不在をテーマとする詩を多く収める詩集『ツグミの家』において、上の詩も9・11を直接うたったものではないにも関わらず、深い喪失の悲しみがこめられていて、今日の一篇としてふさわしい気がする。
「柱時計」は家族のいる居間にあってこそ意味を持つものだろう。
家族が勤め先や学校で間もなくお昼を迎える。それを思い浮かべながら、自分も時計の針の促しを受けとめて一日を刻む。
だが、そうした時間はもう戻ってこない。
それを承知しながら柱時計を買った。
目鼻も手ごたえも無い日々を送ることに耐えかねて。



